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help リーダーに追加 RSS 03/02/01目からうろこのキリスト教誕生の背景-1

<<   作成日時 : 2005/04/12 00:54   >>

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バーバラ・スィーリング 『イエスのミステリー 死海文書で謎を解く』

まず、死海写本あるいは死海文書(しかいもんじょ)とは? 1947年から1956年にかけて死海北岸クムランの洞窟等から発見された最古の旧約聖書写本を指す。旧約聖書のほかにクムラン集団エッセネ派に関する文書が含まれている。ネーミングの感触からしてもミステリアスなのだが、発見の発端、全巻が公表されるまでのプロセスはそれだけでも実にドラマティクな余話に満ちている、いわくつきの古文書である。
これは最古の聖書写本(ちなみに発見されたものの 1/4 くらい。ただし、エステル記だけは発見されていない)と、聖書の外典、偽典(1/3 くらい)、聖書の註解、クムラン教団独自の文書(1/4 くらい)からなっていた。
最古の聖書写本は、聖書のテクストが時代とともにどのように変化してきたのかを研究する上で非常に有効な研究材料となった。また、発見された文書の種類や数から、どのような信仰やメンタリティを持っていた人たちが残したものなのかということも、推測される。
また、聖書関連の文書や、クムラン共同体独自の文書からは、死海文書を書き記した共同体のメンバーたちの生活や思想について知ることができる。現在、コンセンサスを得ている理解では、クムラン教団はエッセネ派によく似た(しかし、完全には同一ではない)性格を持った禁欲的な秘教集団で、けがれに対して厳格な規則を持っていたらしい。黙示的な思想を持ち、光の子と闇の子の最終決戦といった二元論的終末が比較的近い未来にやって来ると信じていたようである。そして、光の子の勝利の後には光の陣営に属したものたちは、天使にも等しいような存在になり永遠に幸せに暮らすという未来を夢見ていたようである。
そしてこれらの死海文書は、一般にはイエスの生まれる少し前の時代の文書だと現在考えられている。こんなに古い巻物が、発見されたということで、考古学的にもキリスト教的にも注目されたのである。



エリオット・アベカシス『クムラン』この死海文書を題材にした異色のミステリーであるが、2年前、それを目にとめた方から薦められた読み物がこれであった。
『イエスのミステリー 死海文書で謎を解く』
キリストが磔刑の苦痛にあえぎながら救いの手を差し伸べてくれない沈黙の神に
「なぜわれを見捨てるのか」
と怨嗟の絶叫を残すのはなぜか。
私のキリスト教教義に対する関心事はそこにあって、この疑問に答えてくれそうな期待ですぐ買い求めたものの、当時はまだこれを読みこなすにはあまりにも予備知識が不足していた。

著者はこの古文書を分析し、新約聖書が「ペシェル」と呼ばれる特殊な表現技法により二重の含意で構成され、表面の意味と裏面の意味の間には法則的変換キイがあることをみいだす。この変換法則に従い解読し、新約聖書に述べられているイエスの示した数々の奇跡・霊力をふくむ事項はほとんどが合理的・歴史的に説明できる別の事実を叙述していることを明らかにしていくのである。本書は処女降誕から磔刑、復活、ローマでの布教まで人間イエスの実像と初期キリスト教の淵源を新事実に基づき年代記風にまとめた本文と膨大な付属資料で構成されている。本文は読み物として取りつきやすい。

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わたしが読んだマクッス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』2
3・キリスト教にある合理性 ヴェーバーの示唆をまたずとも、歴史的に見ればキリスト教は発祥のときから合理的思想と融合しやすい教義であった。イエスの生きた時代は人間の文化が東方から西方へ、呪術から合理・理性へと転換する大移行期であった。ギリシアの思想家たち──彼らの影響は、ローマ帝国を通してヨーロッパに広がっていったのだが──は、理性を発達させた。しかし宗教を必要としていた。唯一神を信じ、倫理的な、そして偶像崇拝を否定する高度に発達したユダヤ神学がこのギリシア思想と融合して誕生したのが強力な... ...続きを見る
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