![]() 『半落ち』とこの『動機』を読んで、さらに『半落ち』が直木賞を受賞できなかったことを思い合わせて、横山秀夫のこれまでの作風で気がついたことがあります。 第一に推理小説ではあるものの単なる謎解きパズルをこえて人間の心理や物語性、社会・風俗に重点を置いています。また作者は明らかに読者にうったえる社会性のあるテーマを用意しています。そして読者が共感したり、感動したり、あるいは反発することもあるかもしれませんが、読み手の内面を揺さぶる文芸作品の性格をもっています。 第二ににもかかわらず結果的にはこれらが謎解きパズルになってしまっているとの印象をもつのです。 具体的に言えば(ここからはあえてネタばらしになります) 『半落ち』では<なぞ>は主人公が黙秘を続ける動機にあって、その動機を最後まで解き明かすことなく最終章に至りはじめて劇的な効果を発揮する仕掛けです。 推理小説はネタバラシがタブーです。 「この映画の結末は誰にも教えないでください」 とおなじく、 作者は骨髄移植という社会的問題、これにかかわる殺人者の内面からヒューマニズムについて、読者層が吟味しあう、意見を述べ合う、議論することをあえて閉ざすことによって謎解きパズルを成功させているのです。 しかし文芸性とは作者の提示するテーマによって多くの読者層が内面を揺さぶられるところにあるのでしょう。テーマそのものの吟味結果を「誰にも教えられない」作品は、「文芸賞」というカンムリをつけるにはなじまないと思うのです。 『半落ち』が直木賞を受賞できなかった理由は骨髄移植と受刑者に関連した制度に関する作者の誤解とされていますが、本当の理由はそうではないと思うのです。 昨年9月に、久しぶりに読書で感動した私がもどかしい思いをしたのは感動したわけを知人に語れないことでした。直木賞は無理、山本周五郎賞がふさわしいと感じたものです。「『半落ち』の良さは骨髄移植問題にあります」と誰にも語れない仕掛けがあっては直木賞を受賞できないだろうと思ったのです。 ただ私は横山秀夫が推理小説家では終わらないだろうとの期待をもっております。 |
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直木賞 “が” 逃した至宝
著書の 『陰の季節』 『動機』 と同様に,警察組織の中でも普段はあまり日の目を見ることのない,監察課・鑑識課・秘書課・警務課・交通課などにスポットを当てて事件が展開していく,横山秀夫著 『顔』. 同氏が上毛新聞の記者時代に知り得た,ライバル意識・嫉妬・キャリア ...続きを見る |
狩野賢一の外科的徒然日記 2005/06/02 19:15 |
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