![]() 私は茨城県江戸崎町に生まれた者です。還暦を越えたこの歳に至っておよそこの故郷周辺の古い歴史について、知識を持ち合わせていなかったことに気がつきました。それは私の実家筋来栖平右衛門家の過去帳を調べたことに始まる。そこでは戦国時代の江戸崎周辺の武将たちが私も知っている歴史の動乱に巻き込まれながら活き活きとうごめいているではないか。 そこでもっとさかのぼって古典中の古典『古事記』『日本書紀』『風土記」から茨城=常陸国にまつわる面白そうなお話を拾ってみることにします。 呼称「茨城」の由来もありますがそれは後回しにして まずは日本武尊の東征から拾い始めましょう。 ★★★東国をアズマとよぶは?★★★ 走水哀話 (オトタチバナヒメ伝説) 三浦半島は横須賀の走り水にオトタチバナヒメを祀る「走り水神社」がある。 また房総半島の木更津には「吾妻神社」がある。 オトタチバナヒメの袖がこの海浜に漂着したので、これを納め、祠を建てたのだそうだ。木更津に上陸したヤマトタケルは、太田山に登り、愛する妃の面影を偲んで何日も立ち去らなかった、これが、君不去=きみさらづ=木更津のおこりだといわれている。 そこからなおも奥に分け入り、あらぶる蝦夷どもを言向け、山や川の荒ぶる神どもを平らげ和らげ、ようやく東のはてをきわめました。そして都へ帰る途中に足柄の坂のいただきにたち、かなたを遠望しましたとき、 続く |
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「日本人なら一度は読んでみよう「古事記」」について
「日本人なら一度は読んでみよう「古事記」」について 「古事記」は皇国史観の基本にあるものとして戦後教育の場から遠ざけられた不幸があるのでしょうね。 何も難しく考えることなく、日本の神々もギリシャ神話の神々と同様に喜怒哀楽を人間と共通しているところが魅力的だと思います。 ...続きを見る |
日記風雑読書きなぐり@WebryBlog 2005/05/20 20:53 |
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