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help リーダーに追加 RSS 『常陸国風土記』にみる「茨城」の名前の由来2 茨城

<<   作成日時 : 2005/08/25 23:15   >>

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sy地の古老はもう一つの「茨城」由来を語っている。

山の佐伯と野の佐伯はすすんで盗賊の頭目となった。賊徒を率いて、国中を横行し、大がかりな強奪、殺生を繰り返していた。そのころに黒坂命が登場し、策略をもってこの賊徒を滅ぼそうと茨(うばら)で城(き)を作ったのである。これにちなんでこの土地の名を茨城(うばらき)と言うようになったと語った。

「城(き)」 敵を防ぐために築いた軍事的構造物であり、古くは柵や石垣、濠、土累を巡らせた軍事拠点であるがここでは茨を絡ませて作ったということであろう。

「茨城」の由来もさることながら、ここに描かれた先住の種族と新しく登場する支配種族の間で生じた文化の対立、その延長に起こった大規模な戦闘のなまなましさに目を見張った。定住農耕を生活の基盤とする朝廷一族がこの辺境に根を下ろした当時、先住者はまだ穴居生活をおくる人々であり、生活の糧は狩猟、採取によっていたものと思われる。侵略者にとって彼らはオオカミやフクロウの化身であって「人間」ではなかったのだろう、まつろわぬ神であり、あらぶるものたち、蛮人であり、やがて収穫物を強奪する強盗集団として徒党を組み、壊滅すべき対象である武装した反政府勢力へと組織化されていったことが容易に推測できる。これはやがて大和朝廷の陸奥(みちのく)制圧という大軍事戦略へつながる前哨戦でもあった。

次に国巣(くず)、都知久母(つちくも)、夜都賀波岐(やつかはぎ)、佐伯(さえき)と称された先住者について敷衍してみよう。

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亜本
2006/08/29 12:13

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