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zoom RSS 本年度松本清張賞受賞作 城野隆『一枚摺屋』

<<   作成日時 : 2005/09/04 23:49   >>

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時代劇のドラマや映画ではおなじみですね。号外配りのような、瓦版売り。実際には当時、市中で読み売りされた一枚摺(瓦版)はニュースの媒体というよりも好色ものを中心とした娯楽的色彩の強い絵草紙だったようです。ところが反骨の人・与兵衛が制作する一枚摺は硬派で実際の出来事、「記実」=記事を扱っていたのです。御政道を批判する内容だとお上も煙たかったことでしょう

第二次長州征伐の準備で騒然とする幕末の大坂で、打ち毀しを一枚摺(瓦版)に取り上げたこの与兵衛が町奉行所で殺された。一体誰が、なぜ?惨殺された父の死はどうやら三十年ほど前の大塩平八郎の乱に係わりがあるようだと息子の文太郎は気づいた。
父親殺害事件の発端に大塩平八郎の乱をもってきたところに作品全体の構成のうまさが感じられます。作品の組み立てはこの事件の真相究明、犯人探しのミステリーであると同時に一枚摺屋=ジャーナリストの視線で幕末史を素描するところにあるのですが、もともと幕末における倒幕運動のさきがけがこの大塩の乱にあたるからです。物語の二つの流れの伏線に幕政刷新を目指したこの組織的行動があったわけです。

勘当され、戯作者仲間と遊びほうけていたが軟派の息子・文太郎は親父の敵をとるために潜りの一枚摺屋になることを決意する。殺人者をひきづり出して私的な遺恨を晴らすのが父親の敵討ちであるが、それだけではない。ご禁制のセンセーショナルな報道で「奉行所の鼻をあかす」ことだ。さらには構造的にガタがきた幕政の実態を白日の下にさらしたい。父の無念の根底には実現ができなかった大塩思想、幕政刷新への熱い思いがあったのだ。と、かように不肖の息子は腹を固めるのでした。そして、潜りの一枚摺屋商売が倒幕へと政治色をつよめながらやがては新聞社設立への希望と、文太郎の精神の成長面を生き生きと描き、さらにいわば幕末から明治にかけての新聞創世のプロセス、近代のジャーナリスト精神のめばえを考察するという大変意欲的な作品なのです。それは成功しています。

長州征討にむかった幕府軍の不利を報せる戦況記事に大坂市民は沸く。豪商、諸藩の武家も天下がひっくり返ることになりかねないこの戦況ニュースには目が離せない。一枚摺は売れに売れる。大坂城代、奉行所は民衆による騒擾や暴動に神経をとがらせている。奉行所の取締りは厳しくなる。与兵衛を拷問死させた黒幕の放つ暗殺者の剣が彼とその仲間を襲う。ふたつの追手をかいくぐるサスペンスフルな隠密活動を楽しみましょう。文太郎と仲間たちの取材活動は倒幕勢力の合従連衡、幕府側の朝廷工作、そして大政奉還まで当時の政争の核心をつくのですが、ここでは中央の情報になぜか詳しい浪人北村彦馬の人物はなぞめいていて魅力的です。友情の絆は固く、また彼らを支援する人々も登場し、心を一にしてすすめる必死の辻売り活動が見せ場でもあります。痛快でありさわやかであります。

そして圧巻はラスト、民衆の狂乱「ええじゃないか踊り」にありました。
大塩平八郎の乱は幕藩体制の弱体化を天下に周知させることになった。またそののち公然たる幕政批判が登場しはじめたといわれている。幕末にはその流れが激流となって加速する。そして長州征討による戦費の調達で市場では物資が不足し、買占めや売り惜しみが横行、庶民の暮らし向きは一方的に悪化する。作品ではこのあたりの状況が簡明に述べられています。長年の幕府支配体制に対する不満の鬱積から新勢力による改革への期待はいやおうなく高まるなかで、制御不能となった民衆の巨大なエネルギーは「ええじゃないか」の狂喜乱舞となって爆発するのです。
<ええじゃないか ええじゃないか 酒を飲むのもええじゃないか>
<ええじゃないか ええじゃないか 踊り乱れてええじゃないか>
<ええじゃないか ええじゃないか おまこに紙貼れ 剥げたらまた貼れ なんでもええじゃないか お陰でめでたい>(作品では一部伏せ字になっていました)
その卑猥さも踊っていれば気にならない。否、そのひびきが今の文太郎には心地よくさえあった


誕生しようとする近代国家の大衆にもたらすものが良いものか悪いものかは不明のままに、作品には紹介されていませんが、とにかく「世直りがええじゃないか」、「長州が上ぼた、ものが安うなるええじゃないか」という歌文句もあったようです。享楽か、解放感か、性の快楽か、政治への期待か、いわば方向性のないエネルギーの狂騒ではありますが、ええじゃないですか。
この物語のエンドを飾るにふさわしい、民衆エネルギーへの讃歌であります。

本年度の松本清張賞受賞作である。松本清張は新聞記者であった。庶民の視線で世の中の仕組みを見ていた。反権力の姿勢を崩さなかった。社会派推理小説の生みの親でもあった。そんなことを思い浮かべながらまさに松本清張賞にふさわしい作品だと思った。

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