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わが故郷の江戸崎町付近にはこの土蜘蛛族の悲惨な運命の舞台となっていた模様である。 これも『常陸国風土記』行方郡の章にある伝説なのだが大虐殺、ホロコーストである。 潮来、浮島、阿波崎など懐かしい地名が見られる。 行方郡の板来(現在の潮来)には霞ヶ浦を航行するための水駅が設置され、板来の驛(うまや)と呼 ばれる。この西には榎の林があって、むかし、天武天皇の御世にオミノオオギミが放逐されて住まわれていた。霞ヶ浦には塩を焼く藻、海松(みる)、白貝(おふ)、辛螺(にし)、蛤(うむぎ=ハマグリ)が多く生育していた。 崇神天皇のときにこのあたりは東国の辺境で、ここには朝廷に従わない野蛮な賊徒がいたが、これを征服するためにタケカシマノミコトを遣わされた。 軍勢を率いて、行く先々の兇徒を平らげて進み、信太郡の阿波崎近辺、浮島に宿をとった。霞ヶ浦の東の浜辺、板来のあたりを望めば、煙が上がっているのが見えた。兵隊たちはあそこには人がいるのではないかと疑った。タケカシマノミコトは天を仰いで、誓った。 「もし、われわれの仲間の煙ならばこちらまでそよいできて頭上を覆いなさい。もし、野蛮な賊の煙であるなら、去って海中に靡け」 はたして煙は海をさして流れたのである。 あれにあるは兇族なり。みなのものはやばやに戦支度をせよ。 (続く) |
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