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help リーダーに追加 RSS ヴァン・ダイン 『僧正殺人事件』 本格探偵小説の古典的名作の味わい 古臭さのないところ

<<   作成日時 : 2006/01/12 19:53   >>

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清張以降の「社会派」になじんだミステリーファンには私のように本格探偵小説にさほど魅力を感じない人たちがいるのではないかと思う。わたしはそれでもときおり新本格派として登場していたものを読むが、周囲にいるオジサン族に薦められる作品にはお目にかかることはなかった。人生の古ダヌキたちには情感を揺さぶられる小説が好きでも、純粋な論理的謎解きゲームに仕掛けられた騙される快感を良しとする洒落たてあいがいなかったこともあるのだが、新本格のたいがいの作品が重厚長大でスマートさに欠けるところが大きく、忙しい時を過ごしていた年寄りどもに気軽におすすめするのを遠慮してしまうからだ。
好きも嫌いも本格探偵小説とはこれだと言える作品は古典的名作にあるのだろう。そんな思いで、まるで筋書きを忘れていたヴァン・ダインの『僧正殺人事件』を読んだ。
マザーグースの童謡につれて、その歌詞のとおりに怪奇陰惨をきわめた連続殺人事件が発生する。無邪気な童謡と不気味な殺人事件という鬼気迫るとりあわせ!友人マーカスとともに事件に介入したヴァンスは、独自の心理分析によって歩一歩と犯人を断崖へ追いつめる。『グリーン家殺人事件』とならんでヴァン・ダインの全作品の頂点をなす傑作とされている名編。本書を読まずして推理小説を語ることはできないといっても過言ではない。

キャッチコピーどおりの名著だと理解を深くした。これなら食わず嫌いのオジサン族にも安心してすすめられる。

本格探偵小説には個性的な名探偵が登場しなければならないしその謎解きプロセスが読者にとってすべからくフェアでなければならない。フェアとミスリーディングは紙一重だから「本格」の定義をめぐっても議論百出があるらしい。ただ古典的には「ノックスの十戒」があり、ヴァン・ダインはそれに輪をかけた「二十則」を強調するくらいだから、うさんくさい「本格」を読むような重箱の隅をほじくらずともそこは完璧にフェアのはずだ。厳密にこだわる必要はないでしょう。

そして名探偵ファイロ・ヴァンスの個性が光る。作者ヴァン・ダインは美術愛好家であり、文芸評論、演劇評論など芸術家肌の文化人として活躍していた人でその人物像をそのままヴァンスに反映させている。ここできらびやかな「蘊蓄」が語られることになる。数学論、宇宙論、ニーチェ論、精神分析論、演劇論。衒学的蘊蓄論といえば最近のミステリー界では本筋そこのけ、まるで安易な知識情報小説まがいにとってつけのこれをえんえんと繰り広げるのがはやりのようだが、『僧正殺人事件』の蘊蓄は質が違う。それは作者自身の深みが滲み出るような素養であるばかりでなく、すべてラストの解決へむけて論理的完璧さを保証するための手がかりとしてむだなく細密にはめ込まれているところだ。

この作品は1929年に発表されたものだが犯人像がまるで現代的なのだ。おそらく発表の当時に日本で読まれたならば、仮想の人物像としておそらくリアリティーは持ち得なかったのじゃないだろうか。特異な精神異常者である。わけのわからない犯罪が頻発する今だからこそ、このての犯罪者は充分に存在するような気がする。しかも犯人を推定する道筋がこれまた驚くほど現代的なのだ。アメリカが発祥なのだろうか、よく犯罪小説でプロファイリングという手法を目にする。あれはもちろん過去の犯罪のデータベースを基礎にしているが、小説やドラマなどで知る限りではおそらく精神異常者が創る特異な世界を捜査官が構成しその世界に通用する特殊な論理を推定し犯人像に肉薄していく手法なのだろうが70数年も前にヴァンスはドラマティックなプロファイリングをみせてくれる。

また、いま評判の高いミステリー、東野圭吾『容疑者Xの献身』では数学者と物理学者の思考方法を犯罪に絡めているのだが、これは『僧正殺人事件』とよく似た発想で、その意味でもこの作品のすぐれた現代性を見いだすことができるのである。

つづく

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