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help リーダーに追加 RSS ドナ・W・クロス 『女教皇ヨハンナ』下 白熱の大歴史小説。灼熱の恋愛が感動を誘う

<<   作成日時 : 2006/02/03 16:00   >>

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真理を求めて、世のため人のために。
ヨハンナは聖職者としての途を歩む。
だが、キリスト教の「真実」は決してそんなものではなかった。
著者は佐藤賢一の中世西洋歴史小説と同様人間を呪縛する宗教世界を痛烈に告発する。

彼女の行く手にはまがいものの「真理」が幾重にも分厚い壁となって立ちふさがっている。ギリシア、ローマの賢人たちの文化的遺産、理性の所産を排除する。聖書以外の一切の文献を邪教の教えとするキリスト教である。科学的医療を認めず、裁判もまた神託による。それは聖書を教条的に解釈した為政者にとって都合の良い「真理」である。
ヨハンナは理性と勇気と行動力でこれらの難関を一歩一歩克服していく。真のキリスト者への道を切り開いていく。呪縛からの解放、人間性の回復をめざして。その一つ一つのエピソードには胸をうたれる。

そしてついにローマへ。
フランク王国の分裂。教皇と皇帝、聖と俗。二重の権力構造は複雑な内部抗争で血塗られていた。さらにノルマンディー、サラセンなど外敵の侵攻、略奪と虐殺。そしてローマ市民に蔓延する疫病と不可避の天災。、課題山積の権力の中枢へ果敢に進む彼女に仕掛けられる陰謀、奸計の数々。
暗黒の世界、ヨーロッパ中世史の中心舞台に女性を据えて、現代に通じる視角で輝けるヒロインを創造した、これは白熱の大歴史小説だ。

さらに後半からは灼熱の恋愛小説でもある。
ヨハンナには過去、妻子あるゲロルト伯との運命的な出会いがあった。凄惨な事件のためにお互いに愛を確信することなく別れた二人だった。
教皇庁で絶体絶命の危機をむかえたヨハンナ。ゲロルトとの劇的な再会が彼女を救う。
一切を捨て女に戻りゲロルトのさしのべる愛に身をゆだねるか。それとも………。肉欲の深みか精神の高みか。この情念と理性の葛藤だが陳腐なモチーフに見えてこの葛藤を恋愛感情だけに矮小化していない。
「キリスト教の祭壇と異教の台座。異質なものの混合は自分を表しているようだとヨハンナは思った。キリスト教の司祭でありながら、いまだに母から寝物語に聞いた異教の神に憧れている。外見は男でありながら、心の内には誰にも言えない女を抱えている。信仰を追い求めながら、神を知りたいという気持ちと、神は存在しないかもしれないという気持ちのあいだで揺れている。心と理性。信仰と疑念。意志と願望。矛盾はいつか解消されるのだろうか。」
人間って矛盾だらけものではないか、私は思う。

この恋愛小説には感動がある。
彼女の内面にある人間ゆえの矛盾を昇華させ、この作品の総合的なテーマを象徴するものがこの恋愛の最終局面に込められているような気がするからだ。
それは普遍の真理、圧倒的な人間賛歌である。
この恋愛の最終局面で読者は足下の地面が突然なくなって落ちていく滑落感に驚愕しながら、しかし感動で震えることだろう。

念のためだがどんでん返しのネタばらしのように感興を削ぐ「訳者あとがき」を前もって読むことは厳禁である。

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ドナ・W・クロス 『女教皇ヨハンナ』まさかこんなにスリリングな小説だったとは!!
「カトリック教会の公式記録から抹消され、伝承のみに語られてきた男装の女教皇。激動の中世ヨーロッパを舞台に、史実の間から謎の女性教皇の姿が浮かび上がる!歴史大河ロマンス」 とコピーを見ると、これはいくつもの文献を引用して歴史の裏をひもといたノンフィクション系フィクションか。堅物のそれなら襟を正して読むべきと腹を据えたものだが、とんでもない、冒頭からのサスペンスタッチに、危機又危機の連続と冒険小説なみの興奮。 読み出したら止められない。 これはいわばジェットコースター型エンタテインメン... ...続きを見る
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2006/02/05 11:26

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