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zoom RSS 辻原登 『花はさくら木』波瀾万丈の伝奇時代小説?

<<   作成日時 : 2006/05/08 15:16   >>

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「京・大坂を舞台に、即位前の女性天皇・智子内親王(後桜町)、権謀術数の田沼意次が活躍する」
「時は宝暦十一(1761)年、大君は前年に襲職したばかりの十代将軍家治、天皇(すめらみこと)は百十六代桃園の御代である」


「花はさくら木、人は武士」なんて少し前なら時代錯誤もはなはだしい言い草だった。ところが武士道精神が再評価され、『国家の品格』が大ブレイクする今日的状況では現実味をおびて、なるほどとの気分はたかまっている。そこで女性天皇即位問題、朝鮮外交上の難題勃発、抵抗勢力を排した改革路線の断行と冒頭の30ページでこの三つを並べられれば、なんだこれは時代小説に名を借りて小泉政権を皮肉っただけの俗流小説ではないか。
富国論・国家論・金融論の正論を重商主義者田沼意次がこんなトーンで語るにいたっては、経済学入門である。文芸で経済・政治評論を気取ったかに読者を啓蒙するつもりかと、うろんな目つきになってしまうのはやむをえまい。

「富というものは、米でも金銀・財宝でもなく、暮らしに便利なものの豊富さのことだ。それを作り出すものは何か。農民と商人の年々の労働だ」
「人々に、自由に自分の利益を追求させる。市場が自ずと需要と供給の均衡、適切な価格を決めてくれる。貨幣はいずれ紙になる」
「お上のやるべきことは三つ。国防と司法と公共設備の維持」
「それがしは鴻池と組もうと思う。大坂に強力な中央銀行をつくる」

ところがどうだ、著者は読者が眼を白黒させるであろうことは百も承知、それも仕掛けのうち。これなども上質のユーモアである。読み始めたら意表をつく面白さにびっくり。さらに切れ味の鋭いストーリーの展開に夢中にさせられる。理屈抜き、徹底した冒険・ロマンで楽しませてくれる。しかもさりげなく言うべき気持ちを匂わせているところが、まったくもって巧妙である。

朝鮮渡来の武装集団対田沼意次配下の隠密剣士団の死闘、朝鮮よりもたらされた超常現象を見せる宝玉、漢美術の至宝・「清明上河図」の因果、大阪大商人の娘・菊姫の出自にまつわる大秘事となれば、これは紛れもない「伝奇時代小説」でもありうる。実際、荒山徹顔負けの仕掛けと、活劇シーンがふんだんにある。

辻原登は始めて読むのだが、純文学の方かと思っていた私のイメージとはまるで違った作風であって、これは娯楽性たっぷりの時代小説の掘り出し物ですね。ただし、名匠の手になるからくり仕立て、極上の寄木細工といったところか。

皇太后から下働きの女、将軍から商人にいたるまで貴賤、階級の別なく今の我々が使っている口調で粋な会話させている。読みやすさだけではない、違和感なくすんなりと読ませる著者の才覚は現代との同時代性を滲ませている。

時代は爛熟して、駘蕩とした、めったにない幸福が日本列島を支配していた。幸福の中心は京都だった。

「徳川の平和」、これを著者はパックストクガワーナと読ませる。「幸福」「平和」この思索的、哲学的概念を無造作に取り扱うのも著者のしたたかさであろう。言葉を紡いで語られるこの「平和」の描写はまるで絵画を観るごとく写実的である。
冒頭からそうだ。山川、池と樹木に囲まれた都の自然美を俯瞰し、フォーカスすれば仙洞御所の美しい庭園。遊びたわむれる女院、内親王、女御たちのみやびやかな情景がまるで金銀に彩られた数曲一隻の屏風絵のように描かれる。
そして巨万の財をなした豪商たちによる絢爛とした醍醐の花見風景。スポンサーに恵まれた風流人たち、与謝蕪村、円山応挙、上田秋成ら中期文化の中心人物らが田沼とともに島原にて贅を尽くす廓遊びはまばゆいばかりである。
ただ、いわゆる「庶民」の姿はない。「庶民」に代わるもの、それは隆盛の極み、大阪の経済活動そのものである。これがやがては幕藩体制の基礎をくつがえす勢いである。内親王、田沼、風流人たちが京より大坂へ船で下る。その両岸に望む物資流通の活況。内親王が観る大坂の雑踏、人形浄瑠璃の喧噪。この勢いの絵巻物風な描写には圧倒されます。
「不易と流行」という言葉がある。一方にはこの国の自然、伝統、精神の美しさ、清らかさを変わらぬものとしてたたえ、一方で変えなくてはならないとする勢いをたたえる。
西欧流儀の論説にてこれを主張する向きは多いが、恋と友情と冒険を充分堪能できる小説でもって、そこはかとなく語りかける著者の感性、その感性こそが日本人らしさだろうと、私は好ましさを感じるのだ。

五月連休中に読むのにとてもふさわしい作品だった。
ついこの童謡を口ずさんでいた。
甍の波と雲の波
重なる波の中空を
橘かおる朝風に
高くのぼるや鯉のぼり
実にさわやかな読後感である。
限りなく高い青空に、薫風を腹いっぱいにおさめて悠然と泳いでいる。洗練された優美な品格と漫然と力に流されず、凛然として流れを乗り切る勢いがある。鯉幟は日本文化の象徴である。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
TB&コメントありがとうございました。
『花はさくら木』面白かったんですが、新聞で毎日少しずつ読んでいたために、今後の展開を過剰に期待していたのかもしれません。
時間がない日は斜め読みしたりもしたので、ちゃんと読んだ日とそうでない日もありましたし。単行本で一気に読んだら、感想もまた違ったんじゃないか、と拝見して思いました。

単行本で一度きちんと通して読んでみようと思います。
yu-i
URL
2006/05/10 08:58

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