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zoom RSS 鏑木蓮 『東京ダモイ』 この夏一番の傑作、江戸川乱歩賞受賞の文芸ミステリー

<<   作成日時 : 2006/08/15 23:09   >>

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小泉総理にとって最後の夏、公約を実行して本日8月15日に靖国参拝の美学を貫いた。最近、素朴な反戦平和論は風化しつつあるかに見えたが、むしろこの騒動があったからか今年の夏は例年よりも戦争責任を改めて考えようとする報道の特集が増えたような気がしている。われわれにとっては別に最後の夏ではないのだから、素朴な平和希求の心を愚直に語り続けることは忘れてはならないことだと思う。

日本経済新聞「私の履歴書」は目下、遠州茶道宗家・小堀宗慶氏であるが、昨日、今日と虜囚としてシベリアに抑留されたその経験談を綴っている。
乗せられた汽車はやがてぽつんとした小屋が建つだけの荒野に停まった。シベリア中部のタシエットという山間の地であった。

イルクーツク州タシエット。偶然にしては出来すぎなのだが、今日読み終えた『東京ダモイ』の舞台がまさにここなのだ。
氏はソ連兵に、ちょっと我慢して労働奉仕をすれば来年の正月は日本で迎えられるといわれこれを信じたそうだ。
何度も何度も我々は約束を裏切られ続けた。『日本へダモイ(帰還)だぞ。東京へダモイだぞ』という甘言を弄し、素直に従う日本人を拉致し、大量にシベリアの地へ奴隷のような労働力として送り込んだのである。

耳なれない「ダモイ」とはこういうことなのだ。
小堀氏はおそらく風化しつつある日本人の歴史をここで改めて記憶にしっかり刻んでおきたかったのであろう。そして『東京ダモイ』で鏑木蓮は同じ素材を使って同じ試みに成功をおさめている。

これは単なるミステリーではない。
マイナス50度!酷寒の第53俘虜収容所。飢えと疫病の中での重労働。死に直面した地獄の毎日。
ただ生きていることがもっとも大切なことだ。
そして生きていることは恥辱にまみれることでもある。
その極限状態で人間の尊厳とはなにかを厳しく問い詰める姿勢が読者の心を打つだろう。

「帝国軍人の誇りを忘れるな。無様な姿を監視兵に見せてはならない。ノルマに負けるな。寒波に気をつけるよう」と叱咤激励する鴻山中尉が首を一刀両断されたかのような死体で発見された。犯人も凶器も動機も不明のまま、俳句を通して絆を深め合った5人の男たちはついに夢に見たダモイを果たした。
そして60年が経過した。その事件は遠い遠い過去のものとして埋もれたままであってほしかったに違いない。しかし、舞鶴港でロシアの老婦人の死体があがった。人として許せる過去と許しがたい現在を峻別できる男がひそかに行動を起こした。そしてその孤高に生きる男・高津耕介も行方不明になった。60年の封印がいま解かれようとしている。

ミステリーに「社会派」と呼ばれたジャンルがあった事実も風化したのだろうか。本書を選考した委員たちの選評を読んでもこうした観点は全く見当たらなかった。しかしこの作品はまちがいなく正統な社会派ミステリーであり、しかも傑作であろう。松本清張風なところもあって、私はこの懐かしい作風に味わいを深くかみしめることができた。こういう作風でいまの江戸川乱歩賞を受賞したことにとてもうれしくなっていた。

高津耕介が自費出版しようとしている俳句集、その原稿内容に事件の背景と犯人の素顔が凝縮されて、特にいくつかの俳句が謎解きの鍵になっている。私がこの作品を傑作だというひとつはその俳句に謎解き用の多義性、作為性をもたせながら、決して作者の付け刃のこじつけ俳句ではない、抑留体験者の本物の手記だと紹介されても疑いなく受けとめてしまうほど、背景にぴたりはまった生々しさを感じさせる句だったからである。本格謎解きミステリーの傑作に会うと、えっ待てよと、ついつい途中でページをめくり返して思い違いかを確認することがある。この作品でもそうだったからこれは社会派プラス本格謎解きが絶妙に融合した上等のミステリーである。

さらに、いまは自費出版ブームなのだそうだが、結婚式の引き出物にどうぞとか、いろいろのアイデアでクライアントを口説き、金を出させるテクニックなど、これを専門とする出版社のビジネス実態を描いている。営業優先に見えて実は埋もれた問題作を広く紹介しようとする立派な根性の姿勢があったり、それらは知られざる世界をのぞく楽しみがあって、興味津々と、ストーリーに花を添えている。

舞鶴港と言えば「岸壁の母」かもしれないが、私の思い出に残っている歌は「異国の丘」だ。
今日も暮れ行く異国の丘に
友よつらかろ、せつなかろ
我慢だ待ってろ、嵐がすぎりゃ
帰る日も来る、朝が来る

晴れて東京ダモイ!!
日本人にとって夏は追憶の季節であり、戦争を語る季節である。戦争の悲惨を語るべき季節なのだ。その意味で本書はこの夏に読むべき傑作といって間違いない。


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「東京ダモイ」を読了
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内 容 ニックネーム/日時
 私が「ダモイ」という言葉を初めて聞いたのは40年以上も前のことになります。亡父はシベリア抑留経験者でした。戦争体験を多くは語らなかった父でしたが、収容所生活の一端を聞かされたことはありました。本書の中でも点呼にやたらと時間を要する話が出てきますが、父からもまったくそのとおりのことを聞いた覚えがあります。計算だけではなく、将校以外の兵卒が読み書きできることはソ連兵には信じてもらえなかったそうです。過酷な体験があってのことだとは思いますが、終生「ロスケ」を嫌っていた父でした。さて、そんな訳で、本書のラーゲリでの生活が書かれた部分については非常に興味深く読みました。そして戦争の悲惨を語り継ぐべきとのよっちゃんさんの意見には全面的に賛成します。
 ただ、ミステリ部分についてはやや疑問符が付いてしまいました。過去の殺人についての謎解きの道筋はよしとしても、トリック部分については不満です。今日日のミステリで通用するものではないように思われます。現在の事件にしても、決め手の証拠物件を発見できなければ決着がつけられない展開でした。ミステリとしては傑作とは言えないように思いました。
さひろ
2006/09/10 21:06
さひろさん、コメントありがとうございました。あの頃の父上の経験をいつまでも心に刻んでいるさひろさんだったのですね。わが父のことを言えば、治安維持法で拷問にかけられた経験があって、本人からそのことを聞かされた記憶はないのですが、母や伯母から聞くことがあり、忘れられません。
この作品のトリックとはいえない殺人方法は食えないところですね。しかし、乱歩賞でこれが評価されたというのは興味深いことです。むしろ松本清張賞でよかったのかもしれないと思いました。
よっちゃん
2006/09/13 16:48
TBありがとうございました。
シベリア抑留は知識としては聞きかじった記憶がありますが、どんなものか全く知らなかった私にはこの小説は非常に読み応えがありました。
エビノート
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2006/09/23 23:42

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