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help RSS 宮部みゆき 『名もなき毒』  もどかしさは残るが本来の宮部みゆき復活の予感

<<   作成日時 : 2006/09/16 19:14   >>

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犬を連れ、散歩途中の老人がコンビニで買ったウーロン茶を飲んで悶絶死した。首都圏で発生していた無差別連続毒殺事件の4人目の犠牲者か。今田コンツェルンの社内報を編集する杉田三郎はこの犠牲者の孫娘である女子高生と知り合うことから事件に巻き込まれる。いっぽう杉田の職場ではアルバイトをしていた26歳の娘をミスが多発するためにクビにしたことから、彼女の執拗、病的なクレームに編集局一同が振り回されている。彼女の異常な嫌がらせはやがて禍々しさが加わり杉田の家庭にまで入り込んでくる。
杉田三郎は女子高生のお祖父ちゃんを殺害した犯人を追う探偵役であり、悪意の塊である女クレーマーの生い立ちにある秘密をたどりつつその悪意に襲われる犠牲者でもある。

「著者3年ぶりの現代ミステリー、待望の刊行」とあった。3年前に刊行された現代ミステリーとは『誰か』のことである。『誰か』は期待はずれであった。それまでの宮部みゆきの持ち味がまるでなくなっていたからだ。

著者の代表作は『火車』 『理由』 『模倣犯』。いずれも傑作の現代ミステリー、クライムノヴェルだった。犯罪の背景にある社会構造を斬新な視点で捉え、そこからこれまでなかった犯罪者像をクローズアップさせた。それは新鮮で刺激的だった。ところがいつのまにか宮部みゆきの作品は現実を回避した、時代小説へ移っていった。そして人々の生活から社会性を捨象した「やさしさ一杯の感動、宮部ワールド」を表現していたのが最近の作品であった。『誰か』ですらそれであった。

『誰か』の杉本さんが登場するからこれもその延長かと思った。ところがどうしてこれは本来の宮部みゆきへの回帰が予感される、まさに現代ミステリーだった。
怨恨か金か名誉か保身か、昔から残酷な殺人事件はあったが、その殺意には周囲が腑におちる理由があった。ところが最近発生している殺人事件には動機が普通の人では皆目見当がつかないのだから、どうしようにもすべがないという不安がつきまとい、それだからひどく不気味である。
しかも、その犯人が周囲の人から「あのおとなしい人が」「あんないい子が」まさかといわれるようないっけん普通に見える人の場合も多いのだからますます困惑してしまう。
現代という社会はなるほど普通の人でも生き難い環境にあるのかもしれない。そう宮部はとらえている。

「現代社会では、『普通』であることはすなわち生きにくく、他を生かしにくいということだ………」
元警察官の北見が語るこの一言に宮部の視線はフォーカスしたようである。
さらにこの複雑で面倒な世の中に直面して戸惑う人間に「自己実現せよ」と押しつけるから怒りが爆発する。これはひとつのとらえかたであり、なるほどとも思う、現実を踏まえた見方だと思った。宮部らしさもある。

シックハウス症候群、住宅地の土壌汚染問題、あいまいな瑕疵担保責任の構成、老人介護問題、そして勝ち組、負け組みの存在をやむをえないとする格差社会。閉塞状態にある人々のぶつけようのない怒りのエネルギー。まさに生きにくい現代を素材にしている。

とはいえ、新たな犯罪者像は曖昧模糊として理解不能なのだ。作家がその想像力にまかせて新概念で説明できるしろものではないようだ。宮部もそこは書き込んでいない。わからないままに放りっぱなしにすることがこの小説のリアル感を担保している。

ただし、読んでいてこれだけシリアスなテーマにもかかわらず全体のトーンに緊張感が欠如している。このギャップに最後までもどかしさをぬぐいきれなかった。それは大金持ちの娘と結婚して贅沢で円満な家庭生活に安住している杉田三郎を狂言回しとしているからなのだが、この設定の意図が私には理解できない。
「今田コンツェルン」、杉田さんの義父が会長をつとめる財閥企業の名称なのだが、いまどき○○コンツェルンなどと恥ずかしい名前をつけるオーナーはいません。宮部の頭の中は多角的企業、あるいは財閥の代名詞は固有名詞としては今使わなくなった「コンツェルン」なのだろうか。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
名もなき毒/宮部みゆき
杉田比呂美さんの装画を見てすぐ気づけばよかったのに、読み始めてしばらくしてから「あ〜あの今多コンツェルンの…」と思い出した次第で…。誰かーsomebodyーの続編ですね。久しぶりの宮部さん、ミステリー部分よりも人々の心模様に意識を持ってかれました。いきなり「連続無差別毒殺事件で4人目の犠牲者が…」という物騒なスタートですが、前作同様、「犯人は誰だ!」という緊迫感ではなく、それを取り巻く人間模様がコツコツと描かれています。今多コンツェルン会長を義父にもつ杉村さん…事件で祖父を亡くしたという女子高生... ...続きを見る
ひまさえあれば
2006/09/17 18:27
今日読み終わった本【名もなき毒】
宮部みゆきの最新作。現代ミステリー。 ...続きを見る
とちおとめ cafe
2006/09/23 23:26
「名もなき毒」宮部みゆき
「名もなき毒」宮部みゆき ...続きを見る
読書感想文 と ブツブツバナシ
2006/10/10 08:54
名もなき毒 宮部みゆき著。
読み終えて1週間。読み出したら一気だったのだけど、確かに宮部作品なのだけど、満足と物足りなさが同居中。 連続無差別毒殺事件。それ自体は、これからの展開に期待が膨らんだ。 なのに、なぜか・・・。そう、私は多分杉村さんが好きじゃない。どこかで読んだことのある設.. ...続きを見る
じゃじゃままブックレビュー
2006/10/31 09:44
名もなき毒 宮部みゆき
装幀は緒方修一。装画は杉田比呂美。北海道新聞、中日新聞、東京新聞、西日本新聞、河北新報、中國新聞に主に2005年3月1日から実質約9ヵ月連載(時期違いあり)に加筆修正、最終章書き下ろし。 ...続きを見る
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「名もなき毒」
 土地ってのは人間の歴史ですものねと言う。「そこに住む人間の営みが刻み込まれてる ...続きを見る
COCO2のバスタイム読書
2007/01/18 00:37
名もなき毒 宮部みゆき
名もなき毒 ■やぎっちょ書評 とあるブックオフでこの本を見つけて価格を見てみたら、定価1800円のところが・・・なんと1600円で販売されていました。 家に帰ってからアマゾンのユーズドで注文しました! ...続きを見る
"やぎっちょ"のベストブックde幸せ読書...
2007/03/07 03:30
「名もなき毒」宮部みゆき
タイトル:名もなき毒 著者  :宮部みゆき 出版社 :幻冬舎 読書期間:2007/03/23 - 2007/03/27 お勧め度:★★★★ ...続きを見る
AOCHAN-Blog
2007/04/27 17:18
『名もなき毒』宮部みゆき
名もなき毒宮部 みゆき (2006/08)幻冬舎この商品の詳細を見る ...続きを見る
まろ茶らいふる
2007/06/10 15:47
「名もなき毒」 宮部みゆき著
えー、読み終えたのは先月です。 オススメしたい作品だったので「読書魂!」の最初に紹介します。 ...続きを見る
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「名もなき毒」宮部みゆき
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りゅうちゃんミストラル
2009/11/23 16:17
宮部みゆき「名もなき毒」
宮部みゆき著 「名もなき毒」を読む。 このフレーズにシビれた。  不運にも毒に触れ、それに蝕まれてしまうとき以外、私たちはいつも、この世の毒のことなど考えないようにして生きている。日々を安らかに過ごすには、それしかほかに術がないから。 ...続きを見る
ご本といえばblog
2010/09/18 10:16

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
素晴らしいレビューを拝見して小さくなっております(笑)。
やはり私の中の宮部さんは『模倣犯』であったり『理由』であったりしますが今回「杉村さんシリーズ」は別ものとしてアリかな…と感じました。
ユミ
URL
2006/09/17 18:36
コメントありがとうございます。
私のミーハー感想など足元にも及ばないレビューで、スゴイです。
私は宮部さんは「火車」が一番で「模倣犯」も凄いと思う(「理由」は好きではない(^^;)
「誰か」は内容をほとんど覚えてないほど、宮部さんの中では印象が薄かったですが、これは印象に残りました。
宮部さんは才能のある作家さんなので、ついつい期待値が高くなってしまいますが、杉村さんシリーズのようなテイストも、悪くないと思ってます♪
アッキー
URL
2006/10/05 21:16
はじめまして。
TBさせていただきました。

宮部さんの作品では今は時代物がマイブームです。

これからも沢山参考にさせてください。
mikey
2007/11/09 04:02
2年前の記事にコメするのもなんですが…。

名もなき毒は、宮部さんが「模倣犯」で追った傷から、ようやく立ち直ってきたことを示している作品のように思います。

本来の宮部みゆきとは何かと考えると、技量の面ではそのストーリーテリングの妙、そして性格の面では、「優しさ」であると思います。この二つの重要な調味料によって、社会的なテーマという食材が料理されている。洋食、中華と同じ食材も、醤油と出汁を用いて調理すれば和食となるようなものです。

「模倣犯」で彼女はゲテモノ中のゲテモノを調理しました。それは彼女にとってはゲテモノですが、ある分野では主流の食材。女性相手のシリアルキラー。女性である宮部さんは、この作品を、それこそ身を削る思いで、心を時に震わせ、時に凍らせながら書いたように思います。

結果は、ごらんの通り。代表作の一つに数えられ、映画化もされました。しかし、「あの」映画化からもわかるように、「模倣犯」はなんとも呆れる程陳腐な受け取られ方をしました。彼女が作品の中で捧げた女性達の死は、生贄どころか、撒き餌程度の意味しか持ちませんでした。

思うに、あれ以降、ブログ主さんが「本来の宮部みゆき」と思われている作品を書く事は、彼女にとっては重たくなったのではないかと思います。「模倣犯」と比べられてしまうことが。それも、彼女にとっては「最高傑作な模倣犯」ではなく、「あんなことになってしまった模倣犯」と。

等とあれこれ書きましたが…幾つかのリハビリを超えて、ようやく昔の表情の一つを取り戻しつつある宮部みゆき作品。今後にも是非期待したい思いですね。

2009/12/05 17:43
mikeyさんDさんこんにちは。
宮部みゆきの作品は今でも「火車」「理由」「模倣犯」が傑作だと思っています。それはその時代を独自の視線で抉り出し、社会に鋭く問題提起をしているところに感銘したからです。ただ宮部からみてあまりにも現実の犯罪の変容が早すぎて作家の創造力を超えてしまったところで時代小説へ逃避したということを自身で語っていたのを聞いたことがあります。
「本来の宮部みゆき」という表現は適当ではないのかもしれません。「私が感銘を受けた作風のころの宮部みゆき」というのが正確ですね。
映画の「模倣犯」は見ていませんが、小説の「模倣犯」にはいわゆる劇場型犯罪者を真正面から取り上げ、その後にこのタイプの犯罪が激増したことからもわかるように驚くべき先見性がありました。
多くの作家が理由なき犯罪をなんとか説明しようとしている時に宮部は「名もなき毒」において説明がつかないまままに放置する姿勢を示しました。それもまた私には新鮮に感じられたところです。
よっちゃん
2009/12/05 22:19

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