日記風雑読書きなぐり

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 浅田次郎 『蒼穹の昴』  目下刊行中の 『中原の虹』を読む前に再読しておく価値はあった。

<<   作成日時 : 2006/12/02 18:33   >>

トラックバック 1 / コメント 4

画像

この続編だと思われる『中原の虹』を読む前に再読しておく価値はあった。浅田次郎初期の大傑作。

読んだ当時心に留まった作品でも、エンタテインメント系の長編小説となるとうまいタイミングでもなければ二度読む気にはなれないものですが、この作品の続編にあたる『中原の虹』が目下刊行中とあってまさにタイミング到来、再読しました。1996年に読んだ浅田次郎の初期の作品です。
「この物語を書くために私は作家になった」
とキャッチコピーはオーバーな表現に思われましたが、そんなことはなかった。この大ロマンの構成の妙に驚かされた記憶があります。

必ずや汝は西太后の財宝をことごとく手中におさめるであろう。中国清朝末期、糞拾いの貧しい農民の少年春児は老婆の予言を信じて宦官になるのですが、宦官になるために「男」を切り落とす浄身はこんなにきちがいじみた凄惨な施術だとは、いやぁこのくだりはいつまでたっても忘れることはできません。
きちがいじみたといえば科挙の試験のすさまじさもこの作品ではリアルでした。梁文秀、汝は長じて殿に昇り、天子様の傍らにあって天下の政を司ることになろう………とこれも老占い師の予言。文秀は科挙トップ登第を果たすのですが、夢うつつに合格答案の作成に導く奇跡も忘れられないところでした。

物語は
「都で袂を分かち、それぞれの志を胸に歩み始めた二人を待ち受ける宿命の覇道」
なのですが、彼らの周囲にある脇役たちがいいんですね。そこには男と女の美しい愛の形、兄弟愛、師弟の恩愛、男同士の友情、差別されたものたちの連帯など感動のエピソードが次々に展開されます。登場人物のほとんどが善人なのですね。悪者をあえて挙げるなら、これらの人物群に悲劇をもたらす時の流れなのでしょう。そして逆境にあって運命を切り開いていく勇気を至高のものとして謳いあげている作品なのです。

ところでこの作品の人物造形でもっとも秀逸なのは西太后ですね。漢の呂后、唐の則天武后と並んで中国史上三大悪女といわれたこの烈女、咸豊帝の妃で、世継ぎを生み、咸豊帝の死後に政権を握った。そしてわが子同治帝と甥の光緒帝の二代にわたり、皇太后として権力を振るい続けた。呂后や則天武后の専横は15年ですが、西太后は47年間の長きに渡って君臨しています。一般的には内憂外患にあえぐ落日の清朝にあって、権力の座を維持するため武力、謀略、暗殺でもって内外の勢力と綱渡りの糾合を繰り返してきたワルモノの代表です。だが浅田次郎はそうはしなかった。西太后は乾隆帝の亡霊がその歴史的役割を与えた宿命の人なんです。
帝が政をなし、官が民をしいたげる五千年の歴史、そちは鬼となり修羅となって、国を覆す。そちが未来永劫に悪名を残してこそ、未来永劫この国の民は救われる。夜叉の仮面を被った真の観世音として生きよ。
と、つまり中国が五千年の君主専制政治に終止符を打ち、近代的な民主主義国家に飛翔するための積極的捨石の役割でもって登場させているのです。この発想の豊かさ、その新鮮さ、ドラマチックであります。

洋務派で忠節の士・李鴻章の武力と政治力を背景にした西太后。しかし日清戦争の敗戦後,李鴻章は政治の表舞台から退く。文秀の属する光緒帝派の発言力は増し、98年、康有為ら変法派とともに光緒親政のクーデターが行われた。これに対し宦官のトップランクに立った春児は西太后の信任が厚い。彼女は袁世凱の武力を背景に戊戌政変を起こして新政を失敗させ、変法派を処刑・追放、光緒帝を幽閉して,三たび垂簾政治を始めた。文秀は日本に亡命する。
『蒼穹の昴』はこのあたりで完結しています。
浅田次郎の独創的な歴史デザインにより、歴史小説の趣はありません。帝国主義列強の素顔はここにはなく、歴史観を云々する類ではありません。伝奇小説風な華やかな妖しさが全編に流れ、私たちが忘れがちな本物の愛と勇気、義理と人情を浮き彫りした壮大な人間ドラマと言えるでしょう。

さて、『中原の虹』 楽しみです。


">『中原の虹』読み終えました。2007/12/15


にほんブログ村 本ブログへ

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
地下鉄(メトロ)に乗って
映画DVDの地下鉄(メトロ)に乗ってを見た。出張中の暇つぶしに原作を読んでいたので、そのうちにと思っていながらようやくというところ。原作との違和感が無かったのは、多分、小説の段階で映画のシーンが帯になっていたし、役者も分かっていたから、読み進んでい... ...続きを見る
転職したくない窓際中年のリストラ対策
2007/03/25 01:55

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして、こんばんは。
浅田次郎さんといえば壬生義士伝をよんでとても感動した覚えがあります。その影響で岩手県にあこがれを持ち、高橋克彦さんの「火怨」や「炎立つ」。また遠野物語や宮沢賢治の文庫本を読み漁った時期もありました。
さて、私も歴史小説は大好きなのですが、中国を舞台にしたおもしろい小説があったら教えていただけないでしょうか?
てん
2006/12/16 01:32
てんさん はじめまして
中国を舞台にした面白い小説………。
最近読んだ塚本青史『始皇帝』
最近文庫本化された北方謙三『水滸伝』
井上尚登が辛亥革命の頃日本人詐欺師の活躍を描いた『TRY』およびその続編『北京詐劇』
などはたいへん面白かった作品です。
よっちゃん
2006/12/16 18:45
こんばんは。浅田次郎さんの「蒼穹の昴」は図書館で借りて読みました。
「中原の虹」を読むにあたって、私も再読するつもりで先日、文庫本を
買ったのですが。当時の記憶は、やはり宦官にまでなった
主人公の数奇な運命に
つられて読んだような記憶があります。実在の人物かどうか知りたいと思い、中国の歴史を
齧りました。そのエネルギーで、消耗して、氏の作品は
この「蒼穹の昴」のみになってしまいました。
「中原の虹」興味はありますが、文庫本になってからでもいいかなって。こちらで
感想を読ませて頂きます。楽しみにしています。
hune
2006/12/24 17:14
虚実混交の時代小説、歴史小説だとどこが史実かと解き明かしたくなるものです。私もかなり時間を割く性質ですね。それから原典とどう違うのか、これは北方謙三の水滸伝でエネルギーを使いました。
よっちゃん
2006/12/25 00:38

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文