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help リーダーに追加 RSS 司馬遼太郎 『空海の風景』 空海とはなんだったのだろう。空海の風景からその実体に迫る。

<<   作成日時 : 2007/02/04 17:44   >>

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5年ほど前のことだ。すでに経験のある友人に誘われて秩父三十四ヶ所の霊場巡礼をしたことがある。延5日の行程であったが未知の経験だけに忘れられないいろいろな印象があった。白装束を着衣したかなり本格的な詣だった。
秩父花巡礼の記録
空海に関連することでは菅笠に「同行二人」と書かれているのだがそれが「弘法大師とともに」をさすことなどそのときはわからなかった。ひとつひとつの霊場で般若心経を誦する。般若心経の解説を読めば形而上的な宇宙観・世界観の思考体形の一部、勘どころを繰り返し述べた大衆向けの教えであると素直に知ることができる。ただ「色不異空 空不異色」の論理を飛躍して唐突に登場する最終句、「言葉」としては不釣合いであって、あたかも怪鳥の叫びのような「ギャアテイ、ギャアテイ、ハラギャアテイ、ハラソウギャアテイ、ボジソワカ」だけは自分が口にするにしても唇を震わせる薄気味悪い響きに摩訶不思議の実感があった。それは神秘的呪力をもつ真言の一種であり、この真言の力をもっとも重んじたのが真言宗であり、空海なのだとこれも後で知ったことだ。この新しい経験で空海という人物にひどく興味を覚えた。

ある大学の社会人向けの講座に「空海」があって今週から受講する。そこで泥縄を承知で予習のために空海研究でなにを読もうかと思ったが、学問というよりは楽問を好む身であるからと、この小説風の空海研究を読んでみた。

構想十余年、司馬文学の頂点を示す画期作
とのキャッチコピーがあるが、司馬遼太郎が丹念な空海研究を土台にその個性で切ってみせたドラマチックな文学作品だった。

空海は並みの人間ではなかったとほとほと思い知らされるドラマが展開する。若くして「一個の塵に全宇宙が宿る」世界観を感得し、即身成仏してみずから国家をいや宇宙を動かし現世の利益を追求しようとした男の話だ。旧来の仏教では忌みごとである生命への執着、煩悩をありのままに肯定する野生児だ。あくどいばかりの願望を体質にした怪物。宇宙の意志と交感する密儀を求めて入唐する冒険者。兜率天におわす弥勒菩薩に侍らんと生涯を旅した夢追い人。そして長安の文化人たちを驚嘆させる詩文家、書道家としての天分。長安を背景とするにふさわしい国際的文化人。建築土木に通じ、政治勢力をあやつり灌漑事業の先頭に立って利益を地元誘導する山師。桓武天皇時勢の政争をたくみに泳ぎきる政治家的才覚と自己顕示。

司馬遼太郎はこの多面的人物を立たせる「風景」、それは時代性でもあるし普遍性でもあるのだが、これをつまびらかに描いている。時代考証と大師伝説を巧みに融合させ、司馬遼太郎独自の史観、人間観でもって謎の多いこの人物を読者の前にリアルに浮かび上がらせている。

天才とは99%のパースピレーション(発汗)と1%のインスピレーション(霊感)である
と成功者だから言える万人受けの名言があるが、そうでもないだろうと実感するのが人生ゲームの先がはっきり見えた年代者である。
司馬遼太郎は空海が呪術を巧みに操ったとは決して言わない。空海は真言の力を会得したわけだが今はやりの華やかな陰陽の妖術を使っていたとは思わない。ただ、生命や地位の危機また危機の人生にあった空海がそれでも成し遂げることができた大偉業のプロセスをふりかえれば、決して努力と才能ばかりではないぞと、運があったのだと。わたし程度ではどれだけ強運に恵まれた人物なんだろうとうらやましく、そこでとどまってしまうのがオチなのだが、いくつもの難を乗り越え若き日の夢を実現したこと、それ自体が奇蹟であって、とすれば大衆が空海の教えはともかくその人そのものを信仰の対象にしたことは当然のことだったのかもしれない。

「どういう場合でも理性を失いそうにない人文学者」が著者にこんなことを語った述べた箇所が作品のスタート部分にある。
自分のように讃岐育ちの者にはとても空海を人として論ずることはできない。人以上の存在だと思ったときにはじめて気持ちが安らいで多少空海について語ることができる。
読み終えて司馬遼太郎の書きたかった人間空海がこれだったかと気づいた。

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内 容 ニックネーム/日時
読んでます、読んでますよ!
司馬先生の作品は、「箱根の山」「項羽と劉邦」と「空海の風景」ぐらいしか読んでおりません。
空海については、般若心経の勉強のなかで知りました。導いてくださった先生が東寺の高僧でしたので…。
この作品は、まさに「〜の風景」であると感じました。空海の生涯のみならず、その背景を巧みに描いた著者の筆力に感動しました。
甲山筆夫
2007/08/19 13:44
甲山筆夫さん、コメントありがとうございます。般若心経の勉強をされたんですね。
早稲田大学で社会人向けのオープンカレッジがあって、高僧ではないと思いましたが現役のお坊さんが講師になって5回にわたって空海論をやりまして、その講義を興味本位で受講しました。それでこの著書を読んだわけです。
よっちゃん
2007/08/20 18:41

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