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zoom RSS 諸田玲子 『奸婦にあらず』 幕末の激動に身を投じた女の真心とは

<<   作成日時 : 2007/03/12 23:35   >>

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読み終えて、古地図を重ねながら現在の地図を眺めてみた。彦根藩主井伊家の上屋敷は桜田濠に面して現在の憲政記念館と国会前庭の洋式庭園を含む広大な屋敷だった。警視庁、警察総合庁舎一帯に豊後杵築藩邸があり、藩邸前を左に折れると外桜田門にいたるのだが、水戸浪士の襲撃はその直前、杵築藩邸前、有楽町線桜田門駅辺りが現場だったようだ。地図を片手に、主人公・たかはここで籠から引き出される井伊直弼の血塗られた体を目撃し、絶叫したのかと思いやる。

このたかともうひとりの重要人物、直弼の盟友・長野主膳が実在の人物であることを読書途中で知ったものだから、まだ訪ねたことのないこの小説の舞台、現存する近江の名所旧跡にも歴史を重ね合わせたくなる。伝奇小説まがいのミステリアスなたかの人物像に魅了されながら、史実と伝説と虚構の絢爛とした綾模様にすっかり目を奪われる。歴史ロマンである。そのドラマを練り上げた著者の手腕に手ごたえを感ずる。

近江観光ガイドの神社仏閣で第一番に挙げられているのが縁結びの神、長寿の神として信仰されてきた多賀大社である。しかしここでは多賀大社の実態を幕府、諸藩、朝廷の動きを探る巨大な諜報機関としている。娯楽小説好みには最上の舞台が用意されていた。出生の謎をかかえ、大社で養育されたたか。たいがいの男をとろけさす容貌をそなえ、才気、愛嬌、話術、和歌・音曲は第一級。鍛えられた肉体と格闘技。さらに閨房術まで身につけた一流の密偵がたかである。そして生涯を大社のために捧げるべき女の役割が井伊家への浸透であった。しかし直弼を想う真心に偽りはなかった。
うちは若君はんのためだけに生きとおす 身分ちがいの一途な恋情を内に秘め、彼女は大老の<影>となった。幕末を生きた忍びの女の激しく数奇な生涯
天寧寺五百羅漢。井伊家のスキャンダルを背景に創建された寺の五百羅漢を見つめるたか。井伊家が厄除けと城を守る備えとして建立した長寿院。その大洞弁財天の生まれ変わりとうわさされたたか。これらの地の四季折々に変化する風景がたかの心、それは激情、慕情、敬愛、静謐、諦念、慈愛、などさまざまに変わり行くのであるが、この心の揺れを象徴するものとして鮮やかに表現されているのがとても印象的だった。

将軍の後継者争い、黒船の到来、条約締結、公武合体、安政の大獄、桜田門外の変、倒幕とこの歴史の大激動のなかでその中核となった男、その男を支えた男。彼らのエネルギーを天下国家論的なきれいごとにはせず、功名心という素朴な野心に単純化したところは著者の女性らしい現代的センスである。

現体制の維持のため密偵の役割を、だれをも裏切らずに果たしつつ、この二人の男と情を通じたたか。男たちはその野心を「志」と飾り、「同士」という新鮮な連帯の呼びかけに女心は昂ぶったがいつしかどこかに真実を見通す透徹さが加わってくる。「世の中はめまぐるしい。善悪は風に舞う落ち葉のように忙しく表になり裏になる」その白々しさを達観し最後まで真心を貫き通す女性である。長野主膳の妾にして伴に奸計を働いたとの廉で三日三晩、三条河原の生き晒しにされる。にもかかわらず「奸婦にあらず」だ。そこに胸を打たれる。過酷な運命を生きてなお一徹な女性の凛々しさに胸が打たれるだけではない。弁天様の生まれ変わりと自分でも思い込んでいたたかは本当に仏様ではなかったのかと。ラストに近づくにつれ、たかの内面にある透明なやさしさが輝きをまして、彼女の外見と化し、仏性といえるまでの崇高ななにかに昇華したことを感じさせるのだ。

蛇足だが京都一乗寺の金福寺は晒し者になったたかが生き延びて尼となった名刹でここにはたかが奉納したという弁天堂がある。またたかの生き晒しの絵があって、それをネットで見たがこの作品を読んだあとだけにキリスト磔刑を思わせる峻厳さがただよう。

これも後になって知ったことだが、船橋聖一の『花の生涯』はやはり井伊直弼とたかを中心にした作品のようだ。

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