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help リーダーに追加 RSS 司馬遼太郎 『項羽と劉邦』 山本勘助なんて小さい小さい!

<<   作成日時 : 2007/04/16 18:47   >>

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NHK大河ドラマ『風林火山』がおもしろい。雀荘で臨卓から「あれでは原作のよさがまるで感じられない」との声があった。井上靖は読んでいないのでなんともいえないのだが山本勘助のいかにもワルなところを非情なタッチで描いている。虫酸がはしると感じる視聴者があっても不思議ではない。すくなくともこれまで放映されたところでは卑怯な謀が上首尾に仕上がったところで、顔を伏せてにやりとするところなど、NHKらしくもない凄さがある。
若い頃から諸国を遍歴し、各地の地勢、民力、領主の資質を総合的に把握し、軍略や築城術などの兵法を身につける。そして自分の能力をたかく買ってくれ、天下を狙える武将を渉猟する。主君に対して決して卑屈ではなく、軍略、調略に関しては対等、むしろ師弟の関係に立っているかに見える。この場合勘助が師である。下克上、戦国時代、旧弊を破壊する生存競争にこそ生まれる自律した個性の登場である。そこにはありきたりな善悪の倫理基準はなく目的に向かっていかに効率的にすすむかとみずからに使命を課したプロフェッショナル像だ。

項羽における范増、劉邦における張良だけではない。秦には法家があり、その秦を打倒せんと老荘、儒家、縦横家、兵法家の「士」が入り乱れる。司馬遼太郎『項羽と劉邦』を読んでいるとこの勘助的個性をもっと際立たせた人物が天下を二分した英傑の周辺、いたるところ登場しその運命のドラマチックな変転ぶりに熱くなる。だから風林火山とは比較にならないスケールでエキサイトさせられる。だいたい山本勘助を紹介してある古文書の「甲陽軍鑑」こそもともと司馬遷「史記」を参考にしていただろうからね。
司馬遼太郎はこの「士」についてこう語る。
農民の中から自立してくる一種の自由人で、自分の知識と精神が役立つなら仕え、気に入らなければ市井にかくれ、………遊士………食客………その生き方は自律的で自分の徳義でもって進退し、あるいは生死し、かつての時代の奴隷的な隷属根性をいっさいもたない。
「個性を尊重しよう」「個性を発揮できるシステムをつくろう」と格差社会といわれる現状で格差をマイナスにとらえる人たち、そうはとらえない人たちともにともにここは一致している。ニートって市井にかくれた「士」なのかもしれないな、なんて楽観的かな。個性発揮で「時代の寵児」となった後日談もこの歴史小説にはいくつもでてくるな。

企業の人事管理システムが年功序列から成果主義になった。仁とか徳とか抽象論で人間を評価してはいけない、具体的に役に立ったか立たなかったかで信賞必罰を透明にするって秦の法家思想が先をいっていたのだが、結局、秦は人間を自然物のひとつとして万能の法を貫徹させ人間性を抹消させてしまったんだ。それで全国的暴動の発生。

司馬遼太郎は劉邦の茫洋たる人物に関し「侠」についてもこう語る。
劉邦とその身内の関係はその時代なりに自覚した個人が侠という相互扶助精神を糊として結びついているように思える。………王朝がたのむに足りず、むしろ虎狼のような害があるという古代的な慢性不安の社会にあって、下層民が生きていくには互いに侠を持ち、まもりあう以外にないというところから発生した精神といっていい。
つまり、利害得失、上下関係にかかわらず義のためには命を惜しまぬ結びつきのことだ。なかなか味のある「美学」だと思ったりする。とはいえそれで暴徒の大親玉になれるかもしれないが優れた政治家にはなれまいね。

前々から水滸伝の宋江のことだが、なぜあんないい加減な人物が梁山泊を率いる英雄になれるのか疑問だったのだけれどなんのとりえもないこの劉邦と似ているんだ。劉邦と項羽の違いは何十万、何百万という規模の大流民どもに穀倉を押さえるなどして「なんとしてでも食わせてやる」と、この桁違いの「侠」にあったようだ。

こういう個人的な雑念と遊びながら、股くぐりの韓信が見せる背水の陣から四面楚歌、虞や虞やなんじをいかんせんと かつて知ったる故事の数々をかみしめつつ壮絶な項羽の最後までの大ロマンを充分に楽しむことができました。

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