![]() 江戸歴史研究と洒落で命名した数人の仲間と向島を散策する。 隅田川東岸、浅草側から隅田川を隔てて島のように見えるために地名が起こったといわれる。江戸中期までは将軍家の御鷹場で、水田も広がっていた。 木母(もくぼ)寺、牛島(牛御前(うしのごぜん))神社、三囲(みめぐり)神社、弘福、長命寺、白鬚神社など社寺が多く、江戸時代以前の伝説、伝承が多く残っている地である。享保年間(1716‐36)に将軍吉宗が堤の上に桜を植えさせてからは花の名所となり、料理茶屋も建ち並んだ。庶民の行楽地,文人墨客の遊所,また大名や商人たちの別荘地でもあった。 1804年(文化1)には寺島村に佐原菊塢(きくう)の花園(のちの百花園)が開かれた。 この百花園に集うものたちがこの地での七福神遊びを創案した。七福神とはどういう神さま仏様なのか。どうしてこのような習俗が根づいたのか。などと頭の体操もよいだろう。名物のお菓子を食する。伝説伝承の足跡をたどる。遊興の地の当時のなごりが残っているかもしれない。 詳細は「向島七福神めぐりのアルバム」へ 向島七福神めぐりマップ 大きな地図で見る 2007/04/21 |
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