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zoom RSS 諸田玲子 『かってまま』 これは宮部みゆきの世界ではないかと………。

<<   作成日時 : 2007/07/25 23:52   >>

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売れっ子の女流作家 宮部みゆき『日暮らし』、松井今朝子『吉原手引草』 桐野夏生『メタボラ』に似て非なる傑作の人情噺。

旗本の娘・奈美江の侍女・伊夜は奈美江の使い古しを貰い受けて育った。奈美江の産んだ不義の子・おさいは伊夜の子とされ、ついでに夫も押し付けられた。それでもつつましい平穏な生活を送っていたが、ある日、奈美江が転がり込んできた。奈美江と夫がよりを戻そうとしていると感じた伊夜に殺意がめばえる………。と第一話「かげっぽち」 (日陰っ子という意味だろうか)を読めば宮部みゆきの、のどかでおだやかな日常にちょっとした波乱がおこるがやがて元の平安な生活がまわりだす、市井の人々を描いた時代小説の世界に似ている。様々な形で親子・夫婦・男女の情愛を描いた人情話の短編連作ものである。

だが宮部の『日暮らし』にあるような陽性の日常を基本にしている庶民たちではない。普通の親子・夫婦・男女の関係にはなく端から欠陥がある人たちばかりである。第二話からは時代性を背景に過酷な人生を宿命づけられた下層に生きるものたちが呻吟する。その地獄のなかでこそはじめて見えてくるがかけがえのない人間のふれあいであると著者は指摘している。

亭主に売られ川崎宿の旅籠で色を売る飯盛り女・かや(第二話 だりむくれ)、つぶれかけの質屋でひたすら働きづめの女主・おすみ(第三話 しわんぼう)、嫁ぎ先の武具屋は倒産、亭主が死にひとり息子は佐渡送りになって、今はあばずれの女掏り・おせき(第四話 とうへんぼく)、大工職人の女房、寝て食って家事をしない太平楽なおらく(第五話 かってまま)、凶賊喜衛門の娘で血なまぐさい体臭のただよわせるみょう(第六話 みょうちき)売れない狂言作者、若き日の鶴屋南北(第七話けれん)。
7歳のおさいから50歳半ばのおさいまで、おさいはこれらの人物に出会う。そして生きていけなくなった、あるいは生き腐れのままに日を送っているこれらの人々のために救いの道を拓いてやり去っていく。人々にとっては現状からの飛翔、本来の自分を取り戻す「再生」の物語である。 読者にとってそれぞれのラストはほろりとするが、むしろおさいの謎めいた振る舞いに爽快感を味わうことになる。

いったい彼女の父親は誰なのか?時には優しく、時にはしたたかに生きるおさいの運命やいかに?
とこのしっかりした縦軸が連作の後半にあきらかになる。第七話 けれん、これでおさい自身の再生の物語が完結するが文字通りけれんみのある上出来の芝居噺に仕上がっているのはやはり著者の実力の冴えであろう。

蛇足ながらたまたま最近出版されたベストセラーの二作品にイメージの重なるところがあった。とらえどころのない現代をどのように切って断面をみせるかと、一流の作家の鋭敏な感覚には共通した視点があるものだと妙なところで感心した。身分差別、性差別社会である江戸時代にあって(江戸時代だけとはいえまい。今は「格差社会」、「下層社会」だから)決然と自己を貫徹する女性像を積極的に評価した点では松井今朝子『吉原手引草』だ。ただし、『吉原手引草』は人間の厳しさに軸をおいているのだが、本著は人間のやさしさに対する賛歌である。もうひとつは、新しい自分を発見しようと流浪する若者を描いた桐野夏生『メタボラ』 。「メタボラ」には「新陳代謝」の意味があるらしいが、おさいを含め登場人物の「再生」にフォーカスしている点には共通したものを感じる。ただし『メタボラ』は再破滅に近い結論のようだったが………。

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