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help リーダーに追加 RSS ジョー・ホールドマン 『擬態 カムフラージュ』 昔懐かしいSFのガジェットがたくさんあったが

<<   作成日時 : 2007/10/21 16:59   >>

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もう30年以上前になる。いや小学生からもう好きだった。面白くて古典も含めて内外のSFをひと通り読んだ。最後に読んだSFらしい小説は小松左京の『日本沈没』だった。それ以来SF小説には縁がなくなったから、最近の定義には疎く、私にはSFというと当時のイメージにあるSFでしかない。そのころTV動画の松本零士『宇宙戦艦ヤマト』を楽しみ、映画『スターウォーズ』に驚嘆し、以降、映像SFとは今でもときたま付き合っている。

100万年以上前、ホモサピエンスが登場するはるか以前から深海に埋もれていたと思われる人工の卵形物体が発見される。2019年の近未来のこと。
だがそれは、これまで発見されたどんな物質よりも重い謎の金属でできており、いかなるドリルやレーザーを使っても、構造をしらべるどころか、傷ひとつつけることができなかった………。
どんなものにも 自在にその姿を変えることができる異星人<変わり子>。百万年前、ただひとりM22星団から地球へとやってきた<変わり子>は、これまでさまざまな海洋生物に変身して過ごしてきたが、1931年、はじめて陸に上がり、人間として生活を始めていたのだ。
だが、地球にはもう一体、異星生命体<カメレオン>が存在した。
カバー折り返しにここまであらすじが書いてあり、憑依型侵略ものかと勘違いもあったが、とにかく懐かしいSFの素材がいっぱいつまっているように思われた。ネビュラ賞受賞作ともあり、ネビュラ賞とはどれだけ権威のあるものかはしらないのだが、最近の代表的SF小説とはどんなものだろうかとの好奇心が手伝い、読んでみる気になった。

久しぶりのSFでひとつ感じたことがある。
小説の分野については、SFは、それは私がイメージするSFのことなのだが、かつてのように娯楽小説として幅広い読者層をとらえつづけるのはなかなか難しいのではないかということだ。実はその前にたまたま、映画『トランスフォーマー』を観た。大型、小型の変身金属生命体の地球侵略だった。異様な変身のプロセス、巨大ロボットの質量感とその破壊力、疾走感、大型建築物の倒壊迫力、臨場感万点の大画面、加えて体を揺するような音響効果などその映像技術には驚くべきものがあった。ある時期、SFは小説より劇画のほうが面白いと感じるときがあった。そして劇画から動画へ、動画から仮想実写へ。これだけの技術であれば劇画・動画ならではのよさはあるにしても迫真力でははるかにCGに分がある。『擬態 カモフラージュ』あらすじにある三つのストーリーの流れがひとつになった山場では挿絵のひとつでもあったらわかりやすいのにとの思いが残り、視覚効果を欠く小説としての限界を感じた。

<変わり子>が人間という生き物を模写するプロセス、特に全く持ち合わせていない感情を学習するプロセスにはちぐはぐなところでのおかしさがあった。ただそれにしたところで人工頭脳やロボットで同じような表現手法は前からあるような気がする。人類の歴史とともに人間に擬態してきた<カメレオン>を通して著者はある種の文明批評をしたかったと思われる節がある。ただし、著者のメッセージには力強さがかけていた。

映像では表現できない、小説ゆえに魅力あるSF。そうした新作にお目にかかりたいものだ。もしかしたらそれは、いまどきSFとは呼ばないジャンルなのかもしれない。


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