日記風雑読書きなぐり

アクセスカウンタ

zoom RSS 佐々木譲 『警官の血』 警官の血とは?異色の警察小説でありめったに現れない傑作である。

<<   作成日時 : 2007/12/06 15:48   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 3 / コメント 4

画像
この作品には巨悪は登場しない。防衛省事務次官の犯罪。あんな巨悪がまだいたのかとあきれ返る。ささやかな正義の積み重ねをしている人たちこそいい面の皮である。でも盗人にも三分の理、彼は彼なりの「正義」を追い求めていたんだろうね。「自衛官の血」という小説があったとしても、とてもとてもこの現実の迫力にはかなわないでしょう。

この作品を読み終えた先日、銀杏の黄色と桜葉の柿色で染め上がった上野の森から落ち葉を踏んで谷中の墓地を抜け、芋坂を下り根岸界隈まで歩いてみた。中学時代は日暮里駅から西に下った商店街の突き当りの木賃アパートに暮らしていたからこのあたりは懐かしいところだ。芋坂跨線橋から鉄道を見下ろすと、ここでよく煙にむせびながら蒸気機関車を眺めたことを思い出した。『警官の血』はまさにこの周辺が舞台である。私と同世代の民雄少年もここから見える鉄道が好きだったとあった。当時私の父は警察の公安に目をつけられる活動をしていたから、民雄少年には私と反対極にある対称形を見る思いもあった。
そしてプロローグ。昭和32年、谷中、山王寺五重塔の炎上である。もしかしたらあとからつくられた記憶かもしれないのだが、私はアパートの窓からたしかに燃えあがったそれを目撃していた。浮浪者、戦災孤児、傷痍軍人、救世軍、売春婦、愚連隊、ヒロポン。喧騒と猥雑がはじけていた上野。中学生の私だったがその当時の下町の名残りは体感していた。この作品、冒頭から、庶民の生活の場から見たこの上野という特殊空間のディテールには圧倒される迫力がある。

謎解きの面白さ、組織腐敗の告発、一匹狼的刑事の活躍などを追求した警察小説には数々の傑作があるが、そのいずれとも異なる。警察官の使命とは何か、正義の追及とはなにか、を問いつつ、戦後から現代までその時代とともに生きた警察官の一族、親と子と孫の人間を描いた大河小説である。

「帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。希望に満ちた安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。」
私的な思い入れがあるためだけではないだろう。「第一部・清二」ではもっぱら地味な警察官の日常であるが、緊張感溢れる伏線と、濃密な時代背景が描き出されている。とにかく凄い小説が現れたものだ。

ところで戦後になって警察は戦前の中央集権的国家警察体制を抜本改革、いわゆる「民主警察」が誕生した。タイトルである「警官の血」にちなめば、日本警察史上における新しい「種」の創生といえよう。「新種」警察官の使命は個人の生命、身体及び財産の保護および犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持とされた。昭和31年にだれもが口ずさんだ、曽根史郎の歌う「若いお巡りさん」がこれを象徴していた。

安城清二の夢はこの新しい使命をもって街頭に立つ制服警官だった。夢は実現し、受け持ち区域で住人や商人に慕われ、巡回すれば会釈してくれる街の「お巡りさん」となった。駐在所システムによって市民と協力関係を密接にし、生活の安全を守る、市民の生活相談にのる、場合によっては民事上の法律関係へも立ち入り騒動を収める、欲もなくただちっぽけな正義感を積み重ねる彼。民主警察の範たる親しまれる警察官の姿が詳述される。そしてなにかよからぬことが起こるに違いないと読者が不安になる時に………。
「ある夜、谷中の天王寺駐在所長だった清二は跨線橋から転落死する。」
殉死扱いにもならない惨めな死であった。

第一部の清二はいわば誕生した新種警察官の純正種であったと言えよう。純正種であったがための悲劇を暗示しつつ第一部は終結する。
ここから息子、孫へと引き継がれるものはふたつあると思われる。ひとつは「清二の死の謎」であり、もうひとつは「清二の警官としての血(純正種としての素朴な使命感)である。

ところで警察の使命にはもうひとつ、これとは全く異質のものがあると私は思うのだ。それは現体制に敵対する思想や行動とそのための諸組織=結社に対して、これを権力的に排除する役割である。
さらに警察には使命とは別に組織上の抜き差しならぬいくつかの問題点を指摘できる。今でもそうだ。業者(犯罪者あるいは内通者、情報提供者)との癒着。特殊官僚機構ゆえの歪んだ忠誠心。内部不祥事の隠蔽体質などである。

第二部は「父の志を胸に息子民雄も警察官の道を選ぶ。だが、命じられたのは北大過激派への潜入捜査だった。ブント、赤軍派、佐藤首相の訪米阻止、そして大菩薩峠事件………。任務を果たした民雄は念願の制服警官となる。勤務は父と同じ谷中の天王寺駐在所」そして民雄が父の死の謎に肉薄するが………。
第三部「そして三代目(民雄の息子)警視庁警察官、和也もまた特命を受ける、疑惑の豪腕刑事加賀谷との緊迫した捜査、追い込み、取引、裏切りと摘発。半世紀を経て和也がたどりついた祖父と父の、死の真実とは………」さて和也はこれからどのような警察官人生を送るのだろうか。いやそこは暗示されている。

読者は「清二の死の謎」を追うと同時に清二に流れていた「警官の血」がそのままに引き継がれるのではないこと、それの変質を読み取るべきであろう。
第一部はいわば種の起源である。その種は第二部・その息子の民雄、第三部・民雄の息子和也と流れていくが、警察組織のもつ異質の使命と特殊な体質は「警官の血」の純粋さに混じりを加え、正そうとすれば人格が破壊する、そして変質させていくのだ。新たな悲劇が始まる。じわじわとすすむこのプロセスは怖い。ドラマチックだ。ただしその変質あるいは変異のすべてが第一部の起源にもともと内在しているものだとも読みとれる。練りに練った構成である。

これは社会小説の傑作として戦後の政治と人間を描いた高村薫の『新リア王』にひけをとらない重厚な含意をもつ文芸大作である。


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
警官の血(下巻) 佐々木譲 凄くよかったです
 3代目の主人公 和也 どんな物語が展開されるのかと期待でいっぱいに読み進めました。 大学をでて警察学校へ 卒業 研修後 人事で捜査員を希望するもまたも 呼び出され この孫は 公安ではないけど今度は 警官を捜査する刑事になります。 なぜか?の問いに「血... ...続きを見る
単車と車と本と山 の記録
2007/12/08 12:06
佐々木譲『警官の血』下巻
父の死の真実とは…。 ...続きを見る
待ち合わせは本屋さんで
2007/12/25 20:01
「警官の血」 佐々木譲
帝銀事件が世を騒がせた昭和23年。希望に満ちた安城清二の警察官人生が始まった。配属は上野警察署。戦災孤児、愚連隊、浮浪者、ヒロポン中毒。不可解な「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」。ある夜、谷中の天王寺駐在所長だった清二は、跨線橋から転落死する。父の... ...続きを見る
きたあかり カフェ
2008/01/19 20:45

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
よっちゃんさん こんばんは。
TBありがとうございました。
佐々木さんは今年初めて知った作家さんです。
佐々木作品はたくさん読まれているのですね。
戦争小説の傑作は読んでみたいです。
naru
URL
2007/12/25 19:59
トラックバックしていただきありがとうございました。
トラックバック登録されてから、かなりたってのものでしたので、ここで遅延に関してお詫び申しあげます。これからもよろしくお願いします。
編集部.T
URL
2008/02/12 15:55
TY放映されたのを二夜見逃してしまい残念!!よっちゃんさんのブログを読み興味津津。風邪が治ったら本屋さんへ行ってきます。
詩麻
2009/02/10 07:25
詩麻さんコメントありがとうございました。
テレビはビデオにとってあってまだ見ていません。このところ私のブログにとんでもなくアクセスが多いと思ったらみなさんこの書評を見ていたようです。
ぜひ小説を読まれてください。
よっちゃん
2009/02/10 11:59

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
佐々木譲 『警官の血』 警官の血とは?異色の警察小説でありめったに現れない傑作である。 日記風雑読書きなぐり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる