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help リーダーに追加 RSS 松浦理英子 『犬身』 家族とはなにかを問うがいまひとつだな。

<<   作成日時 : 2008/02/03 18:14   >>

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なんともとらえどころが難しい、奇妙な味わいの作品である。ただし、犬をペットとしてかわいがっている人にとってはやたらにうれしくなってしまう作品である。
私も4年前から牝のトイプードルを飼っている。かわいがっている一人だ。犬には喜怒哀楽の感情があってまるで人間と同様の表現を目の動き、顔つき、尻尾の振り、手足のしぐさ、鳴き声など全身を使って行うものだ。人間がなにをしようとしているのか、どんなことを考えているのか読み取る能力もある。私にも犬の心理が読めるようになっている。そんなところまで交感が深まるとお互いたまらなく愛おしさが掻き立てられるものだ。読んでいて私とトイプードルのつきあいとおなじだなと思わずくすりと笑ってしまう、こんなふれあいの情景が具体的に一杯つまっていてとてもおかしい。他人事とは思われませんでした。

主人公・房恵、30歳、独身。人間の誰にも恋愛感情や性的欲求は抱かない。が、犬への愛情が人一倍強い。それだけではない。
好きな人間に犬を可愛がるように可愛がってもらえば、天国にいるような心地になるっていうセクシュアリティ
の女性である。
さらに人間でいるよりは犬になりたいという「犬化願望」があってほんとうに「フサ」という犬になってしまうのだからビックリの哲学的小説風である。彼女を望みどおりの犬にしてしまうのがカウンターバー<天狼>のマスター・朱尾。「変身」と引き換えに将来房江の魂を我がものにする条件をつけたまさにメフィストフェレスのミステリアスな存在。そして房江が可愛がってもらえると見込んだ飼い主が実業家の娘で一人暮らしの陶芸家・玉石梓・29歳。そして「フサ」は梓とお互いに強い愛と信頼で結ばれ、思い描いていたとおりの平穏で蜜のような生活が始まる。甘美で官能的な悦びすら覚える閉ざされた桃源郷ともいえる。
あの人の犬になりたい。そして人間ではたどり着くことのできない心の深みに飛び込んで行きたい。
このファンタジックなテーマを描き出すことには成功していると思った。

この作品はもうひとつ意欲的なテーマがある。
飼い主と飼い犬の関係の本質は支配する者と服従する者の一方的上下関係である。しかし梓と「フサ」は完全な没社会的存在であって、そうした力学を超越した純な魂のふれあう安らぎ世界なのだ。おそらく著者はここに社会を構成する最小単位である「家族」「家庭」の始原的な理想像(あるいは理念型といったほうが適当かもしれないが)を託しているのだと思われる。現実の「家族」「家庭」が見失ってしまったそれである。
「フサ」はメフィストフェレスが作り上げた梓と二人だけ(一人と一匹か?)の夢幻郷で至福の時を送りながら梓の家庭を垣間見ることになる。それは現実の家族である。おぞましくもまたグロテスクな支配と服従で構成されている家庭が浮かび上がる。事業から引退した父はすでにこの家庭では影の薄い存在。母と息子、母と娘、母と息子の嫁、そして兄と妹。経済力、権威、セックス、暴力、能力、指導力あるいは「家庭」「家族」の枠組みを維持することだけのためにある「血縁は切るに切れないものだとする常識」、「家族という名目が持つ呪縛性」が入り組んで支配・服従を成立させている。
家族というものはけっしてそんな冷酷なものじゃあない、そうであってはならないとするのが健全な感覚でしょうね。でも程度は別にして、梓の家庭と同じような事情はどこにあってもおかしくないのが現代なのだろう。よくよく見つめればどこかに支配・服従の絆あるいは秩序があってそれが家庭の成立を担保していると指摘することだってできるような気がする。

ストーリーはこのしがらみの中で悶えながらひっそりと息を潜めている女・梓が「フサ」との交流を通して自己を見出すプロセスである。そして「自立」「個の確立」は「家庭破壊」でしか実現できないのかと、問題を提起しているようだ。実のところ梓の人格についてはあまりにも古臭く描かれていてその優柔不断ぶりはいらだたしい。現代家族の実態をいまさらと思える支配と服従の関係で切って見せる手法はむしろ新鮮で共感するところが多いのだが、ヒロインの梓に現代を生きる女性らしさが欠落しているのだから、全体として共鳴できるリアル感が薄らいでしまった。梓と兄との関係も「またか」とうんざりさせられるところがある。

むしろマスター・朱尾と房恵=フサの関係が面白い。魂を売買したのであるからこの関係は契約によって成立している絶対的支配・服従の関係である。血縁のなかの関係とは異質な合理的関係といえよう。にもかかわらず、その二人の間にはどこかで血の通い合うあたたかいものが流れている。友情とでもいえる絆がたしかにある。救いがある。だからラストの後味はすこぶるいいのである。

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シベリアンハスキーのはな日記
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