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zoom RSS 私の故郷 江戸崎 寺社のある風景 

<<   作成日時 : 2008/11/24 13:09   >>

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いつになっても故郷の思い出は忘れがたい。あちらこちらに散らばって生活している小学校の同期生も集まれば江戸崎弁丸出しではしゃぎあう。その仲間たちと故郷江戸崎再発見ウォーキングをしてきました。
2008年11月15日


詳細は「アルバム 江戸崎の風景と北茨城の秋」をご覧ください。



                              不動院
江戸崎中学校の校庭に続くこの寺院、当時は何も知らなかったのだが、あの天海僧正が関係していたとはびっくりだ。いあさらながる歴史の積み重ねがある故郷だったことを実感する。
「医王山東光寺と号する天台宗の寺。848年慈覚大師の開山と伝えられる。歴代の江戸崎城主、土岐原氏、芦名氏の保護を受け、芦名盛重が城主のとき随風(後の天海僧正)が第八世の住職に迎えられた。
かつては寺中に5つの塔頭を有しさらに末寺門と114ケ寺を有する大寺で関東八檀林のひとつに数えられた。」
この画像にある仁王門をくぐると急勾配の石段があり、その奥に本堂。
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                             五百羅漢
小学生だったころここに入ることはタブーであった。夜になればフクロウがホーホーと薄気味が悪い。ここへ到るには藪が茂っていて分け入る子供ははいなかった。

五百羅漢伝説
むかし江戸崎のある村に和七という少年がいた。和七の家には、働き者の両親、気だての優しい姉、それに生まれつき目の見えない兄がいた。物知りで、近所の村人も、分からない事があると兄に相談していた。あるとき和七は、兄の開眼を念じて厳しいお寺参りの修行に旅立った。苦しい修行を経て
そろそろ足かけ十年というある秋の夜、不思議な夢を見た。夢枕に金色に輝く薬師如来が現れ、 「そのほうの行いは、まったく感心なことじゃ。よくここまで辛抱したのう。おまえの願いは確かにかなえようぞ」と告げ事があり急ぎ故郷目指した。兄の目はすっかり見えるようになっていた。
「なにもかも、仏様のおかげ。お礼に仏様と人間の間にいるという羅漢様を五百体つくってまつろう。」
と、和七は、江戸崎周辺や下総の国をかけずり回り、たくさんの人々の協力を得て、五百体の羅漢様を瑞祥院の裏山にまつった。

江戸崎教育委員会より
通称を羅漢山ともいい、羅漢山の夕日として江戸崎八景とひとつに数えられる景勝の地である。
この石像群は豊島和七が盲目の兄の開眼を願い、日本国中の神社仏閣を巡礼し、宿願を果たした仏恩を報じて完成させたもの。1780年の発願から1804年の完成まで24年の歳月を要している。現存する羅漢像は493基。

こうしてみるとなかなか壮観です。しかし江戸崎八景といわれても初耳だな。後の七景ってなんだろう?
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                             小野の観音様
子供のときは江戸崎からかなり歩いていくところだったような気がする。記憶にはない。しかしここも凄い名刹なのだ。
新利根地区小野に建つ「逢善寺」は小野の観音様として古くから親しまれており、茨城景観百選の一つにも数えられ県の有形文化財にも指定されている江戸後期の代表的仏閣建築。

新利根地区小野に建つ「逢善寺」は小野の観音様として古くから親しまれており、茨城景観百選の一つにも数えられ県の有形文化財にも指定されている江戸後期の代表的仏閣建築です。

稲敷市のホームページより
逢善寺の歴史をひもとくと、今から千年以上むかしの平安時代の天長3年(828)、逢善道人が千手観音を本尊として寺院を創立。淳和天皇の勅願寺として発展しました。正徳3年(1713)には天台宗の関東八檀林の一つに定められ、僧侶養成のための学問所として栄えました。
その間、逢善寺は2度の火災に遭い、現在の本堂は天保13年(1842)に再建されたもの。昭和56年から7年かけての修復工事が行われ、銅板葺きの重厚なつくりに当時の繁栄ぶりを感じられます。また、本堂の天井には寺内出身の日本画家、松本楓湖による天女が華麗に舞う絵「飛天の図」を見ることが出来ます。
この他、境内には県指定の文化財として、仁王門、書院・庫裡、彫刻の木造金剛力士立像、工芸品の五鈷鈴と五鈷杵、経文の妙法蓮華経など沢山の文化財があります。

なるほど 淳和天皇の勅願寺だったのか。それで立派な菊のご紋の意匠があるのだな。
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
久しぶりに仁王門が見たくて検索してきたんですが、画像違うみたいですね。デカイ金剛力士像が立ってたと思うんですが。
一度、不動院で座禅した事あります。

色々懐かしかったです。どうも!
江戸崎っ子
2009/02/21 13:20
私も何十年ぶりでしたからまるっきり印象が違いました。ただ写真でははっきり写っていませんが、仁王門の両側に二体の仁王像があります。子供の頃の印象よりはたとえば町並みなども狭く感じますね。
よっちゃん
2009/02/21 17:53
江戸崎城について調べていて来ました。
五百羅漢、私も小学生の頃、入ってはいけないと言われたような記憶が、、、今度行ってみようかな。
小さい頃は感じなかったけど、今いろいろ調べてみるとなかなかおもしろいです。
大宿
2009/08/11 23:28
大宿さんこんにちは。
江戸崎城のこと教えてください。
マイナーな存在ですが、江戸崎城の歴史も興味があります。戦国時代に秀吉と北条の争いに巻き込まれたドラマがありそうです。
よっちゃん
2009/08/12 12:30

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