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zoom RSS 諸田玲子 『美女いくさ』 信長の妹・お市の方の末娘 小督の波乱の生涯

<<   作成日時 : 2009/01/12 01:02   >>

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幼くして三度の落城に遭遇し、三度の婚姻を強いられた女性・小督(おごう)。織田信長の妹・お市の方が浅井長政との間になした末娘、小督の生涯をたどっている。同時に信長・秀吉・家康が天下取りのため必要であった政略結婚の系譜を俯瞰している。これほど徹底していたのかと驚くことになったのだが、婚姻とは政略以外のなにものでもないことを痛感させられた。そして手駒にさせられた女たちが、それでも、それぞれに生き抜こうとする。この多彩な人間模様が読者を魅了する、出色の時代小説である。

私の知っている小督(あるいはお江、お江与)は二代将軍徳川秀忠の正室として次期将軍継承を巡り春日局と角つき合わせる、どちらかと言えば嫉妬深い悪役型の女性だった。

小督の周囲に登場する女性群の数の多いことに意表をつかれる。しかも彼女らの境遇がしっかりと描かれている。筆者の手腕であろう。信長の母・土田御前、彼女は子ら、孫らが殺し合いする地獄をみている。歴史上絶世の美女といわれた信長の妹・お市の悲運。お市が浅井長政との間にもうけた娘たち、茶々(淀ぎみ)、お初(京極高次の正室)、小督(主人公)。お市の妹であるお犬(佐治信勝の妻)は小督の初婚・佐治一成の母にあたる。浅井長政の姉・京極マリア。そしてその娘・京極龍子は秀吉の寵愛を受ける側室であり、京極高次の妹である。秀吉の正室・お禰もまた子運に恵まれない悲劇と一族相食む地獄をみる。秀吉の側室の摩阿(前田利家の娘)。これも絶世の美女といわれるガラシャ夫人(明智光秀の娘、細川忠興の正室)。秀忠に嫁してのちはお福(後の春日局)。そして小督の娘たち。

まさに「美女いくさ」だ。描きようにとっては戦国美女オールスターによる豪華絢爛絵巻、色と欲の権力争い、あるいはNHK大河ドラマとしてぴったりの題材になりそうだ。ここに男らが絡んでくる。織田家、豊臣家、徳川家、網のごとく複雑にそれぞれの系譜があり、系譜には三つ巴の結節点があって、そこにドラマがある。この系統図が末尾にでもあれば理解が容易だったと思うのだけれど、実際にはわかりやすくは絵解きできないのがこの結縁関係であり、小説としての難点と言えば難点かもしれない。

「女、三界に家なし」、娘においては親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う。言葉ではなく実際にそういう時代があった。ところでその時代の女性を描く歴史小説、時代小説は数限りないが、ほとんどが、現代人の視点で描かれている。その作者は自身がこの旧い社会の枠組みがやがて壊れていくという事実を念頭に創作するために、描かれる女性の意識はその時代の制度と真正面に向き合っている。制度を壊す方向で向き合う女性はいわば歴史の流れを変えるヒロインであり、ままならない制度に逼塞してしまうのが悲劇のヒロインになる。だから現代人である読者はそこに等身大の人物を見出し、自分を重ね合わせ、感情を移入させることができるのだろう。

しかし、諸田玲子はこの時代小説スタイル、いわば定跡を見事にくつがえしてみせた。「養子縁組・婚姻・人質は他家との結縁の大切な駒である」駒にされた女たちはこの制度に何の疑問ももたない。むしろ制度という概念を意識していない。この事態に直面し、喜怒哀楽の感情が人並み以上に昂ぶる女性たちではあるが、教えそのものに抗議する姿勢は持ち合わせていない。諸田玲子の視線は現代からではなく、戦国時代の現場の視線で女たちを見つめたのだ。

婚家を守り、婚家を盛り立てるのが女子(おなご)のつとめなのです。
家を守り子孫に継承してゆくのが正室のつとめというもの。
女子(おなご)は強うのうてはならぬ。強いということは我を張ることでのうて己を曲げることじゃ。従順になることじゃ。強風で木々はおれるが葦はなびき、風がおさまればすくりと身をおこす。
この作品、まるっきり現代には通用しないお説教をいたるところで聞かされる。そして登場する女性たちは全員、まさにこの通りの生き方をしている。しかしそれがアナクロリズムとは感じられないのだ。

「おんなのいくさ」とはなにか。権勢を競うことではない。影で政を左右することなどはまるでしない。まして自我に目覚めた女性が幾多の困難を乗り越える悪戦苦闘ではないのだ。一門の栄枯盛衰は夢の如し、今日の勝者は明日の敗者となる事実を彼女たちは実感している。だから女子(おなご)のつとめをはたすことは並大抵のことではない。それ自体がいくさなのだ。女子(おなご)のつとめをはたすために、なんとしてでも生きよ。したたかに生きるということは戦うことである。
お市はなぜ浅井長政殿と死をともにしなかったのか。幼い子がいたから生きのびたのじゃ。
お市が娘に語りかける。母は幸せじゃった。たとえ短こうても思うお方の側にいられたのだから。
一見、時代錯誤のエピソードを積み重ねているようだが、はっきりと浮かび上がってくるメッセージがある。それは親子・夫婦の情愛、家族の結びつきを、なにごとにも代えがたい大切なものとする生き方である。古今東西をとわず、これは普遍の真理だ。それが今、われわれに強烈なインパクトを与えるのはなぜだろうか。

最終章では小督の子たちの行く末を暗示させている。
前前夫・佐治一成との子である完子(茶々の猶子)。長女・千姫(豊臣秀頼の正室、後に本多忠刻の正室)。珠姫(前田利常の正室)。勝姫(松平忠直の正室)。初姫(京極忠高の正室)。長男・家光(三代将軍)。次男・松平忠長(後の駿河大納言)、そして和子(後水尾天皇中宮)。この錚々たる顔ぶれがみな小督の子たちであったのか!
新たな美女いくさが始まるんだな………。余韻嫋嫋として記憶に残るラストであった。

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