日記風雑読書きなぐり

アクセスカウンタ

zoom RSS 沖方丁 『天地明察』 日本人の手による初めての改暦 新機軸満載の傑作歴史小説

<<   作成日時 : 2010/06/10 22:13   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 0

画像
しっかりした史実のキャンパス上に、著者の創造力による個性を生き生きと描出するのが傑作といえる歴史小説でしょう。歴史の中でよく知られた人物を取り上げた傑作は数多くありますが、ほとんど知られていない人物にスポットライトをあてる作品もあります。この作品は後者のほうなのではないでしょうか。

主人公の渋川春海ですが私はよく知らない歴史上の人物でしたから、歴史小説を読む癖で、一般的にはどんな功績を残した人物とされているのか、まず知りたいと思うのです。
平凡社世界大百科事典より抜粋
渋川春海 1639-1715(寛永16-正徳5)
中国からの輸入暦法を、ただ機械的に計算して毎年の暦を作っていた日本において、みずから観測を行い、暦理を理解し、さらに新暦法を開発した最初の天文暦学者。将軍家碁所4家の一つ安井家の子として生まれ、わずか14歳で父の後を継ぎ安井算哲と称して碁所に勤めた。暦学を松田順承、岡野井玄貞に、和漢の書を山崎闇斎に学んだ。その秀才ぶりにより幕閣の有力者である会津の保科正之や水戸光圀らの知遇を得て、改暦の成功を招いた。当時用いられていた宣明暦法は800余年も前に唐で採用された暦法で、日月食の予報法も粗雑で、さらに暦の季節は天の運行に2日も遅れており改暦の必要は迫っていた。春海は元の授時暦をもって宣明暦に変えるよう進言したが、授時暦による日食予報が失敗したため改暦は中止された。春海は研究を重ね授時暦を日本の地にあうように改良し、これを大和暦法と名付け、その採用を請い、1684年(貞享1)11月、ついにこの案が採択され貞享暦として翌年から施行された。
本格的歴史小説にふさわしく、時代背景のとらえ方も的確で、史実をこの物語のテーマにピタリとあわせています。四代将軍家綱から綱吉にかかる時代ですが、戦乱の時代はもう終わった、これからは太平を謳歌する時代だと、明暦の大火で消失した江戸城天守閣の復旧を取りやめた政策判断に象徴されるように、災害復興は江戸市内のインフラ整備に重点が置かれました。新時代を切り開こうとする市民のエネルギーが沸き立つ情景が描かれます。競争は武士が領土を争う戦争ではない。競争の場は経済であり文化であるとする保科正之の大方針が貫かれる趣向ですが面白いですね。ここは昭和30年代後半、いよいよ高度成長に踏み出そうとするあの当時に重ねあわせる読者も多いのではないでしょうか。

碁打ちが本職の晴海、その宮仕えには飽き飽きしながらもサラリーマンとしての勤めは実直にこなしながら、算法勝負に夢中になる多忙な男です。碁の相手をしながら大老・酒井忠清から全国の緯度測定を命じられ、保科正之、水戸光圀から改暦を求められる。チャレンジ精神というか最近でいう起業家精神旺盛な若者が失敗を繰り返しながら難事業に立ち向かう。熱中するとわれを忘れる男ですから、はたから観ると奇人のようであり、その分とぼけたところがあり、愉快、痛快、爽快の活躍ぶりが大いに読者を楽しませてくれます。そしてここに関孝和という算法の天才・変人が登場し、彼の生涯のライバルであり、師であり、友となるのですが、なかなか姿を現さないから読み手をいらいらさせるところがうまい。

神社に奉納される絵馬に算術の問題を書いておく。これに別の者が解答を記す。それが正解であるなら、出題者が「明察」と賛辞を書き残す。数学をゲームとして楽しむ「算術勝負」なのだが、こんな風習が江戸時代にあったなんて今の今まで知りませんでした。算術塾にも壁一面にこうした張り紙が並んで塾生たちが難問の応酬するのですが、読んでいるとまるで「明察」「誤謬」「惜しくも誤」と叫ぶ大声が聞こえるようにその熱気が伝わってきます。直角三角形の中に二辺に接するように半径の等しい二つの円が接している図が示され、この円の半径を問う問題など、江戸初期の算術の高いレベルが実感できて、なんと魅力的な素材を拾い上げたものだと感心しました。

また、囲碁の世界に家元のような制度があるのは知っていましたが、江戸城内には将軍や幕閣に碁の指南をしたり、御城碁という御前試合の制度があり、四つの家元が競い合っていたという史実も知りませんでした。もともと御前試合といっても四つの家元のそれぞれに伝わる棋譜の上覧だったが、このころから名人碁所をめぐる真剣勝負が始まったようです。

この物語の前半では主人公の渋川春海が挑む算法と囲碁の二つの「真剣勝負」が剣豪小説にある決闘シーンと同様の緊迫感でストーリーを充分楽しませてくれます。そしてもうひとつの「真剣勝負」が用意されております。


保科正之が求める国の姿には武士階級による文化の創造というのがある。武士は戦争と政治を担当し、文化を担当するのは朝廷であるとしていた当時の常識を覆す革命的な発想です。晴海はこの発想に共鳴、文化の象徴である暦改定を朝廷に代わり幕府主導で行うという改暦事業にのめりこんでいきます。朝廷を相手とする生涯をかけた大勝負という図式に持っていったところにも著者の新鮮な着眼がありました。

かたや陰陽師・土御門、こなた科学者・渋川春海。これは両者の双肩に朝廷と幕府のメンツがかかった代理賭博ですね。天下の衆目を集めて、一天地六の賽の目がどうでるか。ワクワクします。数学、測量学、天文学があって、ここに私にはよく理解できない神道と陰陽道の屁理屈をたくみに織り込んである。
暦を制するものは宇宙を制するというようなイメージですが、いかにも稀有壮大だなと理屈抜きでその気にさせられます。
文字通り「乾坤一擲」の大博打!
よくも名づけたり「天地明察」!
なるほど宇宙の真理を賭けたと大上段に振りかぶるだけのものがあった、その鉄火場をどう演出するのかのエンタテインメントです。

さらにオマケがついている。水戸のご老公は勤皇だし、朝廷・幕府の双方の顔が立つような企画がなければなりません。これは晴海のもうひとつの顔ですね。商才という奴が。やはり起業家精神です。

いたるところに現代に通じる新機軸の面白さがあって、軽妙にして重厚、異色の本格歴史小説として大いに楽しむことができました。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
◆天下を揺るがすビッグ・プロジェクト/「天地明察」冲方丁
第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞した作家・冲方丁(うぶかた とう)の小説「天地明察」を読みました。 ...続きを見る
Viva La Vida! <ライターC...
2011/09/02 04:01

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
沖方丁 『天地明察』 日本人の手による初めての改暦 新機軸満載の傑作歴史小説 日記風雑読書きなぐり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる