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zoom RSS 船戸与一 『満州国演義6 大地の牙』 昭和13〜14年を多面的に描出した迫真の侵略ドラマ

<<   作成日時 : 2011/07/17 18:11   >>

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第5巻が出版されて2年余りが経過した。この間に目先を変えた『新・雨月』を上梓したものの、どうなっているかと心配していたが、なるほど、これだけの豊富な素材を緻密に組み立てるにはそれだけの時間が必要だったのだと思わせる、期待を裏切らない第6巻だ。
満州クロニクル、大陸侵略史の断面。昭和13年〜14年を750枚のボリュームで多面的にとらえ、迫真のドラマにしている。
密度の高い2年間なのであり、劇的なエピソードもふんだんに披露されるのだが、何よりも私は史実の大筋についてすら「何も知らなかった」のだと愕然とする思いでこの作品に没頭していった。

「満州を独立国として育成し、民族協和の理想郷とすることで大陸における日本の権益を安定確保する。そして内乱が続く中国に対しては統一国家を認め、国交改善を図り、戦争を回避、経済提携を強化することで列強に優位する国際的立場を確立する。」所詮は覇権主義のひとつにすぎないのだが、こういう考え方があったようだ。
軍部では満州事変の英雄である石原莞爾の一派であり、政府内では英米関係を重視するものたちである。
そして昭和13年はこの考え方が雲散霧消する年であった。

第一次から第三次の近衛声明がこれを象徴する。軍閥の残党を首領とする傀儡政権(王克敏の臨時政府、梁鴻志の維新政府)ではなく蒋介石(重慶の国民政府)に次ぐ実力者・汪兆銘を抱きこむ新政権擁立が戦略の目玉であるがその謀略もはかどらない。日中戦争は中国の抵抗強く、攻めるに攻めきれず、引くに引けない泥沼化の道をたどることになる。
国際政治の場では親英米派が後退しドイツ・イタリアとの接近が加速していく。昭和14年、物語の後半は独ソ不可侵条約、ソ連とノモンハン軍事衝突、ドイツのポーランド侵攻に始まった第二次欧州大戦勃発と国際情勢は緊迫の度を強め、これらに対する日本の政府・軍部の混乱振りが詳述される。

昭和13年
1月  岡田嘉子・杉本良吉のソ連逃亡 共産主義への夢が破綻するエピソード
1月  近衛内閣第一次声明 「帝国政府は爾後国民政府を相手とせず」
3月  台児荘攻略戦で完敗
3月  南京に傀儡政権・中華民国維新政府を樹立
4月  国家総動員法公布
5月  徐州占領
7月  張鼓峰にて日ソ交戦
10月  広州占領
11月  近衛内閣第二次声明 「東亜新秩序」 日本が排他的に中国を独占する秩序
12月  汪兆銘 重慶脱出 近衛内閣第三次声明 「近衛三原則」 
昭和14年
1月  平沼騏一郎内閣
5月  ノモンハン事件勃発
5月  重慶空爆
7月  第二次ノモンハン事件 日満軍とソ蒙軍との戦闘 
8月  独ソ不可侵条約締結
8月  阿部信行内閣
9月  ドイツのポーランド侵攻 第二次大戦の勃発
9月  ノモンハン事件 日本完敗し9月休戦
11月  朝鮮、創氏改名制。
昭和15年
1月   米内光政内閣

支那事変は泥沼化する。軍中央はいい加減なところで鉾を収めようとする声もあるが、結局は世論に押し切られる。南京陥落の提灯行列、蒋介石、国民革命軍を叩き潰せの声はますます大きくなる。新聞もそれを煽って部数を伸ばす。軍部はその世論にあるときは阿りあるときは利用して強硬路線を一瀉千里に突き進む。それがファシズムというものだ。ファシズムは大正14年の普通選挙によって計らずも産み落とされた魔性のシステムだ。
船戸与一らしい冷酷な切り口だが一面の真理だと思う。マスコミに振り回される大衆、それに阿る政治家、民主主義が衆愚政治に陥りかねない状況に対する危機意識、そして実力政治家待望論、ファシズムにはなりそうはないが、今の混乱する日本と根っこのところで似てはいないだろうかと。民主主義とはなにかと冷静に再考しなければならない。
政治の実施は国民の意思および利害の調和平均点を求め、これを基調としてその運用を律するを常とす。統帥はこれに反し、最高唯一の意思を断固として万人に強制し、その生命を犠牲とし、敵の機先を制して間髪を入れざる間に勝敗を決せざるべからず
これは軍事機密「統帥参考(昭和7年)」の言葉として紹介されている。歴史はまさにこのとおりに動いたのだ。政治家の出番はなくなり、軍中央の意思が政府を無視して貫徹していった。

岡田嘉子・杉本良吉のソ連亡命、李香蘭こと山口淑子、吉本興業によるエンタツ・アチャコ、柳家金五楼らの戦地「笑わし隊」、徐州に向かう火野葦平の「麦と兵隊」、戦意高揚のために動員されたペン報国の文壇部隊(文壇の錚々たる大物ぞろい)、ターキーこと水の江滝子、戦地での文化活動の拠点である満映設立などわれわれの世代には幾分馴染みのある文化的エピソードが要所にうまくはめ込まれて、また格別の風味を出している。

児玉誉士夫らによるインド反政府軍への武器支援、石井四郎ら731部隊の毒ガス・細菌兵器の人体実験、ヨーロッパを追われたユダヤ人を満州へ受け入れる作戦などなど虚実混沌の軍事素材も全体構図のなかにしっかりと配置されている。

主人公の一人敷島三郎憲兵中尉は引き続き満州のゲリラ、抗日連軍との死闘に明け暮れる。純粋な軍人精神の持ち主である三郎はそこでいくつもの矛盾と向き合いながらも自己を貫徹しようとする。だから、悲劇に遭遇するのだが、これは現代人にも共感をあたえる人間ドラマだ。

元馬賊の頭領・敷島次郎のバイオレンスアクションも冴える。正邪混沌とするいくつもの秘密組織(アヘンマフィア、インド独立運動の工作員、ユダヤの工作員)の依頼を受け敵対する組織を攻撃、あるときは暗殺を的確にこなしていく。もちろん日本の侵略戦争と深くかかわりをもつ因果の詳細がストーリーの迫真性をいやが上にも高めているのだ。

いままで誰も書けなかった昭和史の描写手法にただただ圧倒される。


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