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zoom RSS 渡部伸一郎 『わが父 テッポー』 新宿高校同期の非凡な個性が語る父の記憶

<<   作成日時 : 2011/09/09 11:31   >>

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この所感は平成16年当時に書き留めてあったものです。実は最近、彼が新たにエッセー集を出版したと聞き、今それを読んでいる最中で、読後アップするつもりですが、とりあえずこの前作を紹介しておきます。

渡部伸一郎 『わが父 テッポー』
著者の渡部伸一郎君は私と新宿高校の同期生、大学も同じだったが親友と呼ぶには最近では何年も会ったことがないくらいだからそれほどの交わりが深いわけではない。悪友と呼ぶには当時でもそれぞれには「わるさ」があってもそれを共有していた間柄ではない。それで私にとっては数少ない畏友なのである。「畏友」とするのは彼が図抜けて勉強ができた事実からではない………。
その彼が亡くなった父を回顧する記を著した。そこにかかれた事実の記録と彼のかいまみせる個性的なものの見かたにいくつもの深い感銘を受けた。そこには同世代だから受ける共感もあるのだが、生と死をみつめる著者の恬淡とした姿勢にはむしろ世代をこえて読まれるべき値打ちがみえるのである。

第一部は父・哲男氏の青年・壮年期のいきざまと哲男氏と奥さん(伸一郎君の母)の係累が記され、著者は第一部が煩瑣であるから読み飛ばすよう読者に促しているが、この気兼ねはまったく余計なことであり、実は伸一郎君という魅力的な人物を組み立てたDNAの由来、その必然性がここにあったのかと感心させられる興味つきない血脈を辿っていることになるのだ。
父・哲男氏の母方の祖父が熊本藩士で倒幕戦、日清戦争に参加した軍人、日露戦争で徳富蘇峰が賛辞を残すほどの壮烈な最後を遂げている。また哲男氏の母の養女先はこれも名の残る死を遂げた会津白虎隊士の家系。哲男氏の父方の祖先も会津藩士である。哲男氏の父は会津のサムライ魂をもったまま、裸一貫から日本郵船の役員になる誇り高い海員であった。船長として権力をふるい、ご夫人がたを相手のダンスに長けた文字通りの英国紳士だったようだ。また親分肌で粋筋との遊びごとにも一流の人だったから伸一郎君は幼いころから酒だけではない世俗のマナーもろもろをこのおじいちゃんから教えられていたのだ。哲男氏の母も士族の末裔としてプライドが高く、恵まれた教育を受けた人であって、女中さんを除いても十人の渡部家大家族を切り回したしっかりもの。残されたテープの記録で「戦争は恨み骨髄、どんなことがあっても戦争はしちゃいけない。大和は単一民族で優秀、海に囲まれて豊かな国です。こんないい国をとられてはいけない。目的をもって勉強して大人になっていい国にしてください」と、曾孫に語っている。烈女というべきか、いわゆる反戦平和主義とは異なる、士族精神の発露がここにある。
哲男氏は「典型的なブルジョワのお坊ちゃんである。レコードに囲まれ洋書の匂いを嗅ぎ英語をかじる」と伸一郎君は語っている。そして北大のサッカー部を率いる。人生の後半はそれこそサッカー界の長老(自称にせよ)として君臨した人だ。農業経済科植民学を専攻した人にふさわしく自然・環境・地勢に対する感性がとぎすまされ、文章のたつ人で著書、研究論文、随筆、メモ書きなどが多数残されている。そして南洋の植民地経営を一直線に目指す、夢追い人でもあった。
母・マサさんも教育熱心な家の出身で、福島師範をでて会津中学の国語・漢文の教師となった。お嬢さんと言って差し支えないような育ちの方である。古典文学に精通した歌詠みでもある。「女三界に家なし」という三従の女に見えるが、実はうるさい舅姑や夢を果たせず荒れている夫とのやりくりを上手にこなし、坦々と教員生活を70歳くらいまで勤めあげた、当時の良妻賢母像には登場しない、したたかなご夫人のようだ。

なるほど、これらのDNAが収斂し、これらの人々が織りなす生活環境に色づけされた人格が伸一郎君なのだと思う。身についた教養、やはり坊ちゃんだなと思わせるおっとりしたところがあって、ギョロリとしたどんぐりマナコが投げかけるやさしさ、ぼさぼさの長髪をかきあげるしぐさのちょっと照れたところ、とつとつとして人をひきつける語り口。加えて、寸鉄をもって核心をつく鋭い洞察力と深い思念の働き、現実を見据えた上での無頼、あるべき自分を追い続け甘い妥協を拒否する孤高は彼をホンモノのインテリゲンチャにしている。そしていまの合理主義が貫徹する時代にあってそこにおもねず、小さい生命の輝かしきことを知る真の詩人であり、死生の間にある真理を透徹する哲学者の彼はやはり畏友としかいいようがない。

死に瀕した父の看護を記した第二部「父の死の前後」には看護記録だけでなく彼の人生観そのものが述べられているのだが、第一部のバックグラウンドがここで効いてくる。

激痛に身もだえする末期肝臓ガンに入退院を繰り返す父。プライドの高い人だけに人間の尊厳を喪失するような病床生活は精神的にも苦痛だったはずだ。そうはさせまいと、父の若き日の思い出話を誘導する、好きなクラシックを選択し音域を調整して聞かせる、母親の悪口を語り合ってはしゃぐ、父親へ心の安らぎを与えること、これに伸一郎君は心血を注ぐ。末期ともなれば大男だけに床ずれやシモの世話に四苦八苦し彼の体力もまた消耗し疲弊していく。一方の母親はボケが進行して、父の看護の手助けになるどころかむしろ足手まとい、いや母親への介護が欠かせない状況に追いやられる。口を酸っぱくして繰り返す忠告・命令・恫喝に対し馬耳東風の母であって、どれほど人間のできた彼であっても我慢できなくなることはままある。さらに彼の奥さんの母親も老人ホームで物忘れがひどくなり、娘の来訪が途絶えると癇癪をおこす。果てはペットの愛犬までもが老衰し家の中で糞尿を垂れ流す始末とあいなる。
普通であれば「暗澹とした」あるいは「壮絶な」父親の看護記録・母親の介護記録となるはずの事態である。どこかの歯車が狂えば地獄図だ。が、この回想録はそうではない。上質のユーモア小説を読んでいるような笑いを誘う数々のエピソードの積み重ねがこの記録なのだ。悲壮感をもって立ち向かうことはない。大波乱の現実をあるがままにうけとめる。異常であろうが、不条理であろうが、それをすべて単なる日常の繰り返しであるとさらりと超人的に昇華してしまうのだ。すごい。垂れ流しの愛犬を散歩させる情景にある奥様との会話をきけばいい。病床にある父親と酒を酌み交わしする大人同士の本音の会話に耳を傾ける。そしてなによりも物忘れがひどくなった「三界に家ナシ」の愛すべき母親とのやりとり。どっちがボケやらツッコミやら、おとぼけのかけあい漫才、その名人芸をじっくりと味わおう。

あたりまえのことだが時に彼はこの修羅場から逃避する。この逃避行がまた秀逸である。野川を源流までさかのぼる。神田川をくだる。その間に出会う見ず知らずの人と何気ない会話を楽しむ。環境が破壊されつつもなお活き活きと生息している水鳥、野鳥、昆虫、魚の声にやさしく応える。そして草花、立木たちと共に深呼吸する。常にラストは「蕎麦屋」だ。本物の蕎麦とオヤジ手作りのつまみが彼の肥えた舌を満足させる。酒にうるさい彼にふさわしい日本酒が必ずあるらしくそれを堪能する。詩人伸一郎の面目躍如たる逍遥の世界だ。

彼は語る。
「人間が減らない以上、自然保護などというお題目は空しいのである」
「コンクリートで固めずに、あるエリアは人間を立ち退かせて思い切って公園にして、武蔵野台地も、はけも、野川も野鳥もみなで楽しむというなら解る」
と、しかし現実に目をそらすことはしない。すぐに
「そんなことは出来はしない。スキがあれば人間はどんなことをしてでもはびこるものなのだ」
とも言う。
父哲男氏は「業」を言うが近い語感がある。
おそらく彼の世界観では人間も動物も植物も生きとし生けるものとして死生の価値には差がないのであろう。そして限りなく利便を追及する文明の進歩と生命に対する限りない慈しみの間にある抜き差しらぬ不条理をあぶりだし、人為をもってこれを解消しようとすることの不毛を説く。不条理をあるがままに受けとめ、それが自然体だとして折り合う伸一郎君のしなやかな思考構造がうかがわれる。

「老人はゴミだ。クズだ。そんな老人に振りまわされて生産性を落とすなぞもってのほかだ」
と彼は日頃主張しているという。そこには言葉どおりに受けとめても十分理解できる「真理」がある。それでいて本人はお年寄りたちの看護や介護にこれだけの他人に感銘をあたえる献身をしているのだ。推測できるのだがあえて
「本物の渡部伸一郎はどちらなのでしょうか?」
とコンニャク問答をしてみたくなるではないか。私は若い人たちに「仕事を通じて自己を実現せよ」と長いこと本気で言い続けてきている。まだ小さなシンクタンクのサラリーマンとして現役をはっているが、いつ退かされてもおかしくないところに立っている今、過去を振り返り退任後のもてあます時間を予感し、この公案は「私ってなんなの?その実現に向けて行動しているの?その行動は他人の役に立っているの?」という自問自答に直結する。

闘病生活が人生の半分であってその面倒をすべて母が引き受けた父が三年前に逝った。親不孝息子としてはいろいろの思いがあった。今一人住まいの母が弱ってきている。だからわたしはサラリーマン人生の終末を見つめるとともに肉親の生と死を見つめながらこの著書を読んだことになる。とにかく考えさせられるテーマが盛りだくさんの著書なのだ。
えらく理屈っぽい感想文になってしまった。こんな読み方ではなく、「野鳥観察の手引き」でも「グルメのための蕎麦屋さんガイド」でもうける。わが愚妻などは「孝行息子になるための(嫁のためのではない)介護・看護入門」だと言ってはばからない。「たいしたものね渡部さんは、楽しくやれてるじゃないの」ときたもんだ。ムムッ!そうだ、これは耄碌寸前のおふくろには絶対に読ませたくない。伸一郎流はあの男にしてできることだからだ。

飛躍するが最近立て続けに三田誠広『わたしの十牛図』、金原ひとみ『蛇にピアス』、ドストエフスキー『罪と罰』、芥川龍之介『杜子春』を読んだ。共通項は、はやり言葉で「アイデンティティー」「アイデンティティークライシス」。たまたま長い時間がかかったが無為を説く『荘子』を読み終えたところで、
父・哲男氏の残された箴言「生活に徹する」のなんと深遠であることよ。そう感じる私も老いたのかもしれない。


死生の問題は大問題であるが、それは極単純なことであるので、一旦あきらめてしまえば直に解決されてしまふ。それよりも直接病人の苦楽に関する問題は家族の問題である。介抱の問題である。正岡子規
平成16年5月8日  記す。

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