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zoom RSS 諸田玲子 『四十八人目の忠臣』 恋と忠義の狭間で揺れ動く女心

<<   作成日時 : 2012/02/12 10:17   >>

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昨年のNHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』。NHKらしく、現代という視線からその時代の女性を描いている。いつもながら女性が男どもを右往左往させる豪華絢爛のホームドラマであって、現代女性をそのまま戦国時代にタイムスリップさせたような珍妙さにはしばしば失笑を禁じえなかった。2009年に読んでいた諸田玲子の『美女いくさ』と比べたものだから余計に子供だましのように映ったのかもしれない。

『四十八人目の忠臣』、浅野家江戸屋敷で奉公する町娘・きよが関わった忠臣蔵事件の始終を追ったものである。

きよは飾り帯のコピーで次のように紹介されている。
愛する磯貝十郎左衛門と浪士のため、討ち入りを影から助け、その後、浪士の遺族の赦免、赤穂家再興を目指し、将軍家に近づいた実在の女性
きよの家はもともとが武家ではなかった。きよの父親(僧・元哲)であるが、養子入りして士分を得たものの、他人の妻と駆け落ちし、その身分を捨てて、恋を貫いた男である。きよはこの武士の風上にも置けないような男の娘である。父の生き方を認めているきよが浅野家江戸屋敷で奉公し、熱く切ない恋をする。その男は浅野内匠頭長矩のお小姓をつとめた寵臣であった。相思相愛の二人だが身分が違う、さぁどうするどうすると。そうこうするうちに御家の一大事勃発、女心では十郎左衛門に決死の行動には加わって欲しくない、男だって晴れて所帯を持ちたいところだ。が、男は忠義の武士でありそうはいかない。恋を貫き通せそうもなく、じりじりしながら、やがて女にも「忠義の道」があることに目覚めていく。

時代物恋愛小説としては平板極まりないお話なのだが、読みどころは前半、討入り決定までの女心のゆらぎにある。お屋敷に奉公、芸事を習得し、いいところに嫁して、幸せに夫に仕えたいと夢見る普通の町娘が、お家の一大事の中で武門を支える女性たちに感化されていくプロセスを著者は描きたかったのだろうと思われる。
参勤交代で久しぶりに江戸入りする長矩一行を迎える妻女・(後の瑤泉院)と奥女中たちのうきうきした様子がまず印象的だった。忠臣蔵を奥座敷の女たちから見た小説は読んだことがなかった。

一転して刃傷沙汰。

取り乱す家臣たちの前で阿久利は凛として、何よりも先に吉良上野介の生死を尋ねた。夫の命がけの行動は成功したのかと。夫の安否を尋ねるものと思っていたきよはこれが武士の妻の心意気かと胸をうたれる。
殿の無念を晴らすことに執念を燃やす阿久利に対し、討入りに賛同せず大局的見地からお家再興を第一義とするのが仙桂尼。仙桂尼は先代に信任厚く仕えた奥女中の筆頭、生涯を主家のために捧げた女性である。
愛しい十郎左衛門の母・貞柳尼にさえ、きよは諭される。武士が命より大切にしているのは忠義である。息子が忠義を尽くすべき相手は主君であり、主君の許しがなければ結婚はできないのだと。
武門の家柄、堀部家のほり(弥兵衛の娘であり高田馬場の英雄・安兵衛の妻)も助言する。殿は寵愛した十郎左衛門の嫁に浅野と縁が深い由緒正しい娘を考えているはずだから、あなたの思いは深入りしないほうがよいと。

感覚が古いと不愉快になる読者がおられることと思う。だがNHKとは反対の極にあって、女性主人公は時代の変革を先読みする人物ではない。著者には現代からの視線はない。ストイックなまでにその時代の座標軸に立って、その時代の枠組みの中で苦闘する女性をドラマティックに描いている。時代背景がしっかりと捉えられているため生き方には真に迫るものがある。 『奸婦にあらず』もそうだった。そして、著者があえてこういう生き方の良し悪しを問わずに物語が進むところで、読者としてはその時代と一体になれるのだ。諸田玲子の時代小説の魅力だと思う。

だがこの作品のできばえはどうだろうか?
「四十八人目の忠臣」とはきよを含めたこの女性たちをさしている。

この忠義の女性たちはなにをなしたか?
ここがフィクションをドラマティックに盛り上げる要であるはずなのだが、高い志だけがあって、残念なことに印象に残るような具体的な活動が描写されていない。討入りを首尾よく成就させるスパイとして吉良邸にもぐりこんだきよが、大勢を左右する重要情報を得たかといえば、そんなことはなかった。ハラハラする場面もない。
宣伝のうたい文句である「浪士の遺児たちの無罪放免と赤穂浅野家の再興」のための行動であるが、仙桂尼と大奥入りしたきよに読者の期待がかかるにもかかわらず、最終の二章で淡白に述べられているに過ぎない。柳沢吉保、間部詮房、桂昌院らとかかわりがあったようなのだが、命がけのやりとりはなかったようだし、どういう工作をしたのだろうか、どう読んでも迫力に欠けているのだ。ここは同じ背景で描いた 池宮彰一郎『四十七人目の浪士』、寺坂吉衛門の熾烈な後半生とは雲泥の差がある。

煮えきれずに読みおえたのにはもうひとつの難点があった。
きよを指して宣伝文句にこうある。
歴史に名を残した思いがけないあの女性 実在の女性
謎解き風だから実名はここでは言わないのが礼儀。へぇ〜そうかな?「この女性」の前半生がきよか!と最後にわかる仕掛けで作られている。
ところが「この女性」の後半生について、著者独自のイメージがまったく触れられていないために、どちらかというと悪女の通説だけを知っているものにとっては、無理やり木に竹を接いだような違和感が残るのだ。綱吉の生母・桂昌院を描いた 竹田真砂子『桂昌院 藤原宗子』のサクセスストーリーのような一貫性が感じられなかった。

やはり忠臣蔵は男の世界なのではないだろうか。

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