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zoom RSS 梶よう子 『一朝の夢』 朝顔に託した男たちの夢とはなんだったのか?安政の大獄をバックに傑作の時代小説

<<   作成日時 : 2012/05/20 12:25   >>

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いま仕事をしている国立大学の喫煙小屋に集う仲間の一人から借り受けたのがこれである。たまたま、安政の大獄に話が及び、わたしが推薦した時代小説は諸田玲子『奸婦にあらず』であったのだが、彼は梶よう子『一朝の夢』も井伊直弼の通説をひっくり返す作品だと言う。

初版2008年の松本清張賞受賞作であるが、全く知らない作品だった。ところが、新人とは思えないほどに完成された本格時代小説で、この出会いにうれしくなってしまった。

北町奉行務めであるが奉行所員の名簿作成役という閑職の筆頭。30半ばの独身で三十俵二人扶持。薄給の武士中根興三郎は朝顔栽培だけが生きがいで、人は彼を揶揄して「朝顔同心」と呼ぶ。なにやら先日読んだ夢枕獏『大江戸釣客伝』の津軽采女と似ているが、興三郎は架空の人物だけに、著者の筆の中で存分に史実を引き寄せている。

朝顔といえば、いまでは不思議なくらい目にしなくなっているが、わたしたちが子供のころにはどこの家の軒端にもあったものだ。
夏休みの宿題、朝顔観察………小学校の教材としてもおなじみだった。
冷たい井戸水で洗った寝ぼけの顔をあげ、涼やかで生命力そのもののような朝顔に体が目覚める。
子供心の記憶はそんなものだった。

朝顔を題材にした小説では唯一、泡坂妻夫『奇術探偵 曾我佳城全集の一編に「空中朝顔」というのがあったことを思い浮かべる。空中に浮かんで可憐に咲いている朝顔………情感溢れる佳作であった。早朝に開いてお昼過ぎにはしぼんでしまう。
清楚で凛としたところがあってそれが、なんともはかない………これが朝顔にいだく大人のイメージである。

朝顔熱、この嘉永・安政年間には江戸を中心に大阪・京都にまでブームが広がったという。著者は興三郎の朝顔への情熱と栽培の工夫を丹念に語りながら、当時の大身の武士、豪商たちにあった熱狂振りを描いて面白い。オランダのチューリップとまではいかないだろうが、相当にカネも動いたようだ。全く知らなかった世界だけにこの切り口には惹きつけられてしまった。江戸のブームを支えた代表的人物は植木職人の成田屋留次郎と旗本の鍋島直孝(号を杏葉館)とされているが、この史実をたくみに取り入れて、ストーリーに迫真性を持たせている。
市井の凡人・興三郎は鍋島直孝や茶人・宗観との厚誼を深めるうちに安政の大獄という激動に巻き込まれる。おだやかな日々に生きたいと思いながらも、歴史の主軸として動かざるをえない過酷な宿命の人たちがいる。我利我利亡者の、人でなしもいる。朝顔を介したこの虚実の無理のない融合はみごとである。男っぽい骨太の構想に女性的な繊細な感性が調和して、ユニークな本格時代小説に仕上がっている。

人間にとって「夢」とはなにかとの重い問いかけがある。
興三郎は宗観に語る。
しかし朝顔そのものが夢の花だと思っています。どんなに美しく咲いても、花は一日で萎れてしまいます。つまり………槿花(きんか)、一朝の夢、です。
邯鄲の夢、一炊の夢。ここでは衰えやすいこと、はかなさを語っている。

伝説にある黄色の朝顔を作る夢をもつ興三郎に宗観は、失敗すれば出資者が反対するのを押し切って交雑に没頭したあなたは非難されるだろうと指摘するのだが、興三郎は
そのときに出現しなくとも(性質は)必ず残っていて、次につながっていくのです。本当に失敗だったかどうかは、ずっとのちに判断すればよいことです。

夢ははかないものだけではない。夢は希望であり、希望に向かう行動力と持続性が大切であるとする。結果は後世が判断する。やってみなければ何も変らない………と、夢を情熱的にとらえている。

そして「夢」を信念と言い換えるときもあった。黄色い朝顔をつくる………激しい風に揺さぶられても折れることのない信念に対し杏葉館は語りかける。
だが、その信念がすべての人に通じるわけではないのはわかるの?お前でいえば朝顔か
この作品は安政大獄と桜田門外の変の主役級がかりそめの姿で登場するミステリー仕立てだからこれ以上は述べないのが礼儀であろう吉村昭『桜田門外ノ変』を読んでおいたからなるほどと著者の工夫に感心した。そして、そのものたちの会話は二度読みして真意が深く理解できるというものなのだ。かりそめの姿で語り合う男たちの言外の真情には時代を超えて共通する真実が滲んでいる。長いことサラリーマンをやってきたものにとっては思い至るところ深くして、じわりと胸をうたれた。

ところで、時代小説にはなくてはならない剣戟シーンであるが、期待にたがわずしっかりと読ましていただいた。
ある剣客が振るった太刀筋を見た辣腕の士が
「たしかに斬撃は凄まじかったが、不思議と殺気は感じられなかったのだ」洩らす。
これは吉川英治、五味康祐、柴田錬三郎のレベルにある剣豪小説家ならではのセリフだと思う。
そしてある死闘、まさか!と驚く展開がある。これまでの女性作家には見られなかった壮絶な立会いが見ものである。

子供のころの朝顔の印象のように、久しぶりに爽やかな気分にひたることができました。

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