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zoom RSS 坂東三十三ヶ所霊場巡礼 第十四番 瑞応山 弘明寺 平成26年4月2日

<<   作成日時 : 2014/05/21 16:16   >>

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画像ありがたや
ちかひの海を かたむけて
そそぐめぐみに
さむるほのやみ


ここで「さむるほのやみ」がわからない。なお解説書は「ほのみや」とあるが、誤りで納経帳は「ほのやみ」である。いろいろ情報を訪ねたところ、納得の解釈を見つけました。「醒むる焔疫」で「ほのやみ」は疫病なのだそうだ。高僧が蔓延した疫病を治癒したということらしい。

天平9年(737)聖武天皇の勅を受けた行基がこの地で白い蓮華が古木に散っている情景に霊地であることを知り、その古木で観音像を刻んだといわれる。

弘明寺のガイドの善無畏渡来説は興味深い
「横浜最古の寺 弘明寺観音
今から1300年近く前、元正天皇の養老5年(721年)にインドの善無畏(ぜんむい)三蔵法師が渡来、それから17年を経て聖武天皇の天平9年(737年)、天下に悪病流行の際、河内和泉の国の僧行基が勅命を奉じて、天下泰平祈願のため全国を巡錫(じゅんしゃく)し、当山の浄域に草庵を作り、一刀三礼(一刀刻む毎に三度礼拝する)の至誠を尽くして彫刻祈願されたのが、現在の御本尊十一面観世音菩薩様です。」


駐車場の桜
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京浜急行の「弘明寺駅」が隣接していることもあって、門前の商店街は地元や参拝の方で混み合って、車の進行はままならず、ようやく裏手の駐車場へたどり着きました。ところがこの駐車場には見事な桜の大木があり、大勢の人が満開の桜を背景に記念写真を撮っていました。
もうしわけない、車のためのスペースを譲ってください。


連なる堂宇の屋根
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仁王堂

「瑞應山」の扁額は享保7年(1722年)に没し、徳川幕府に仕えた書家佐々木玄竜の書。
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本堂へ至る石段
左手に「身代わり地蔵尊」
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本堂
寛徳元年(1044)光慧上人により本堂が建立され、開山された。現在の本堂は、明和3年(1766)に智光上人により再建されたもの。昭和51年(1976)に茅葺より銅板葺に改修された。
本尊は十一面観音像で、関東に遺る鉈(なた)彫りの典型的な作例として有名です。
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七ツ石

善無畏三蔵が、渡来の際この地に霊域を感得され7つの石を据えて結界し、開山されたと伝えられている。
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仙台枝垂桜
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