日記風雑読書きなぐり

アクセスカウンタ

zoom RSS 東京富士塚めぐり 歩く会の皆さんと 池袋から新宿方面 平成26年5月25日

<<   作成日時 : 2014/05/31 16:30   >>

ナイス ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

画像
富士山を神として崇める富士山信仰は室町時代中期に始まり江戸時代中期から末期にかけてより盛んになりました。しかし、一般庶民にはそう簡単に富士山にいけませんでした。身近な場所地元に富士山のミニチュアを作り誰でもが富士山参拝をできるように築いたのが富士塚です。
富士塚は東京に130ヶ所(23区内100、都下30)あるそうです。

氷川神社の池袋富士
明治45年築造。一般に富士塚は頂上に奥宮、中腹に向かって右には小御岳社を表す石祠(いしほこら)中腹に向かって左には烏帽子岩を配置するのが基本で、これはその特徴を備えている。高さやく5m。
画像


富士浅間神社 長崎富士
豊島長崎の富士塚
富士講は江戸中期に広められ、江戸八百八講と称されるほど代表的な庶民信仰でした。高さ8m。頂上に大日如来、小御岳石尊大権現碑、烏帽子岩奉献費があるほか合目石、天狗像など石造群で構成されています。この富士塚は都内にある富士塚の中でよく原型をとどめていることから、国の重要有形民俗文化財に指定されています。
金網をめぐらせ人の出入りを禁じて保存に気を使っているようですね。
画像


月見岡八幡神社 上落合富士
創建年代ははっきりしないが社伝に源義家が奥州征伐の時参詣し、戦勝を祈念して松を植えたとの伝承がある。社名の由来は、旧境内地に湧井があり、その水面に月光がきれいに写ったので村人が自然にそう呼んだという。
富士塚4m
画像


鬼王神社 西久保富士
二合目まで、四合目まで、頂上までと富士全体が三つに分割されている。
画像


西向天神 東大久保富士
正式名称は大久保天満宮で、安貞2年(1228年)北野天満宮を勧請して創建された。古くから東大久保村の鎮守社であり、菅原道真を祭っている。社殿は西の太宰府の方に向いて建っているため、西向(にしむき)天神と呼ばれている。
画像


花園神社
通学していた高校の近くにある神社でことのほか懐かしい。
神興祭でにぎわっていました。
画像

画像


成子神社 成子富士
新宿西口。高層ビル群の中にこんな神社に富士塚があろうとは気がつく人はあまりいないでしょうね。
画像


大正9年成子天神社境内にあった天神山を改造し区内で最後に築造された富士塚。熔岩で築き、山ツツジを植えて高さは約12mと比較的大規模である。柏木・角筈地区の人々で組織れた丸藤講が運営していた。
画像


解散
画像





より大きな地図で 東京富士塚めぐり を表示

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
東京富士塚めぐり 歩く会の皆さんと 池袋から新宿方面 平成26年5月25日 日記風雑読書きなぐり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる