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zoom RSS 坂東三十三ヶ所霊場巡礼 第十五番 白岩山 長谷寺(ちょうこくじ) 平成25年11月7日

<<   作成日時 : 2014/06/07 15:50   >>

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誰も皆

祈る心は 白岩の

初瀬の誓ひ

頼もしきかな




通称白岩観音。

「縁起絵巻」によると、聖武天皇の勅願で徳道上人が伽藍を創建し、役行者が柳の霊木で本尊の十一面観音を刻んだとされている。「坂東霊場記」ではこの地を訪れた行基が郷土の高崎氏に役行者が修行していた跡地に生えていた柳の木で大和初瀬の十一面観音を模した尊像を造ってあたえたと記されている。
初瀬山には西国三十三所第八番の長谷寺がある。
群馬県には妙義山、赤城山、榛名山など山伏の修行したところがあり役行者伝説が多く残っているのだそうだ。

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唐破風の壮麗な観音堂

秘仏である本尊の十一面観音立像は総高230cm、像高180cmの木彫り、平安中期の作。

前立像は本尊と同型で木彫り金箔像、鎌倉時代の作。

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山門
延暦・大同年間(782〜810)伝教大師・弘法大師が訪ね、文徳天皇の仁寿元年(851)在原業平が堂宇を修営したとされる。
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手水舎の竜の口
げに恐ろしげなるその面構え
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寄り道・箕輪城址
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日本100名城の一つです。
水澤寺から長谷寺へ向かう途中の寄り道
明応・永正年間(1492~1521)に長野尚業が築城し、憲業・業政により強化された。長野氏は武田信玄、北条氏康、上杉謙信の三雄が上野国を舞台にして互いに勢力を争った戦国の世にあくまでも関東管領山之内上杉家の再興を計って最後まで奮戦した武将である。
1566年(永禄9年)武田軍は箕輪城への総攻撃を仕掛け、頼みの上杉謙信の援軍を待たずして9月下旬には遂に落城し長野業盛は自刃して果てた。こののち箕輪城は武田氏の上野経営の拠点と位置づけられ、有力家臣である甘利昌忠、真田幸隆(幸綱)、浅利信種が城代に任じられる。
長野一族?天下に名だたる武将ではないが、こういう説明をみれば、戦国時代における地方にも中央に匹敵するロマンがあったことが思いおこされます

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