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zoom RSS 坂東眞砂子 『瓜子姫の艶文』  瓜子姫とは?おかげ参りとは?伝承・伝習に翻弄される女の生

<<   作成日時 : 2014/07/07 19:08   >>

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坂東眞砂子氏は今年1月、出身地である高知県の病院で死去された。55歳、早すぎる他界が惜しまれます。

氏の作品を初めて読んだのは2001年、『狗神』。日本に古くから伝わる憑物伝承をしっかりと消化して、現代の農村に甦らせた怪奇パニック物語。近年流行した都市伝説型ホラーやSF的ホラーとは一線を画して、日本的な土着型ホラーというべき傑作でした。その後『死国』と『山妣』を読んでいます。1996年発表の『山妣』で直木賞を受賞しています。大自然の凄愴美と人間界の極彩色の地獄図を対比させ、時代性を背景にした奥行きのある女の一生を描いた凄絶なホラーでした。鮮明に記憶に残っています。

『瓜子姫の艶文』は氏の遺作となるのだろうか。飾り帯には「人間の業と情念を描く最後の長編小説」とあります。『狗神』『死国』『山姥』を読んだときに、それらにまつわる民間伝承をあらかじめ調べておいたことを思い出しました。昔話の瓜子姫伝承を全く知りませんでしたので、今回も予備の知識をえておきました。
瓜子姫 うりこひめ
ウリから生まれた女の子を主人公とする昔話で全国に広く分布している。成長した美しい姫が山からやってきた天邪鬼(アマノジャク)にだまされて殺されそうになるが、間一髪のところで救われ、殿様の嫁になって幸福に暮らす話と、これとは対照的に無惨に殺されてしまう話とがあり、前者は西南日本に多く、後者は東北・北陸地方に多くみられる。しかし、アマノジャクが姫をだまして縛りあげたり殺したりしたあと、姫に化けて嫁入りしようとするが、発覚して退治されるという点ではほぼ共通している。(世界大百科事典より抜粋)
ここで、瓜子姫伝承には、めでたし系と残酷系の二つの流れがあって、それが前者は西南日本に後者は東北・北陸に分布していることが知れる。記憶喪失の遊女・伽羅丸の出身が徐々に明らかになる伏線としてこの分布が活きている。初期の作品にあった坂東氏の作風がそのまま表れている。

もうひとつ江戸時代にときおり発生した「おかげ参り」→「抜け参り」という伊勢詣の特殊な形態、民衆の大量群参についても百科辞典で小当たりしておいた。
抜参り ぬけまいり
近世の伊勢参りの一形態。近世初期には村役人の許可を得ない伊勢参宮を抜参りと呼んでいたが、しだいに主人や親などの許可を得ずに奉公人や子どもなどが参宮することを呼ぶようになった。近世中期以降になると、抜参りを阻止した主人などが神罰を受けたなどということが信ぜられ、しだいに黙認されるようになった。初期にあっては抜参りは路銀を持たぬ者も多く、苦行であったし。乞食同様の姿での参宮も少なくなかった。 
また、群集は200万〜360万人にも上ったと記録されている。
この作品でもこの熱気が十分に伝わってくる。作中で使われる「ぬける」の意味合いはエロくて深い。群参の契機としての神符の降下などの超常現象がつきもので、既成秩序からの解放、苦界からの逃避、宗教体験、性の享楽などの大衆の狂熱が沸騰したかのようだ。「お蔭でさ するりとな ぬけたとさ」と人々は喚くように囃したてた。
江戸時代、伊勢国・松坂。各地から大量に押し寄せた伊勢詣での旅人に、町は「今年こそおかげ参りの年ではないか」と沸いていた。そんな折、木綿問屋の女将・りくは、夫の亥右衛門宛の遊女の恋文を見つけて動揺する。いっぽう遊女・伽羅丸は、想い人の亥右衛門に身請けされる日を一心に願っていた………
みんなするりと抜けだして、どこかに行きたいのだ
一通の恋文が、すべてを手にした女の人生を壊していく
母から聞かされたのかもしれないおぼろげな瓜子姫伝説のフラッシュバック、そしておかげ参りの快楽的狂騒。過去の記憶をなくした遊女・伽羅丸はなんとしても木綿問屋亥右衛門の正妻になりたいと身悶える。亥右衛門の妻・りくは艶文を盗み見て嫉妬に身を焦がす。そして事件が……。やがてストーリーは一転し……。伽羅丸の記憶が甦る………。

瓜子姫と抜け参り。伝説と伝習。この日本的妖しげの雰囲気が全編に漂い、ストーリーを盛り立てています。初期の作品同様、坂東眞砂子の真骨頂がここにあらわれています。ホラー小説と勘違いさせるお膳だてですが超常現象はありません。隠された過去が徐々にあきらかにされていくクライムサスペンスです。

登場する女たちだが、実を言えば古臭いタイプの女なのだ。桐野夏生の『だから荒野』を読んだ直後だから余計そう感じるのかもしれない。著者には因果応報の世界観があるようだ。、そこで渦巻く女の嫉妬、野心、肉欲、怒りがもたらす結果を日本的な「女の業」「女の宿命(さだめ)」として帰着させている。

2006年の夏、氏には「子猫殺し」のスキャンダルがあった。(最近になってそれがマスコミの誤解だったと明らかにされた。)
ただ当時、氏はこんなことを述べている。
獣の雌にとって「生」とは、盛りがついた時にセックスして子供を生むことではないか。その本質的な生を人間の都合で………
氏はなまなましくも、「獣の雌」だけでなく「人間の女」の生の本質もそこにあると捉えていたのではないだろうか。

飾り帯のキャッチコピーはズバリ
今年の1月、惜しまれつつ世を去った著者が長年書き続けた「女の生と性」の到達点


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