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zoom RSS 神田川遡行  その八 方南橋より永福橋

<<   作成日時 : 2014/11/22 00:30   >>

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八月二十日
猛暑

方南橋

橋自体は小さいが大動脈の環七どおりを渡す。

神田川・環状七号線地下調整池」の取水口
城郭の堀から地下牢へとつながる水門か?神殿の柱を思わせるコンクリート柱が並ぶその間に黒い鉄格子が見え、巨大開口部の奥は真っ暗である。
これは方南橋の北側の流れにある「神田川・環状七号線地下調整池」の取水口だ。神田川の治水事業の今昔を見てきたが、ここも見逃せない重要な事跡だ。下流に頻発した洪水対策のためである。大雨で水位が上昇した時にはゲートが開かれ、溢れた水はここを抜けて環状七号線の道路下40メートルに設置されている内径12.5メートル長さ4.5キロメートルのトンネルに貯留されるのだそうだ。
東京の地下にはとんでもないものが埋まっているんだなぁ。

方南第一橋→弁天橋
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方南第一橋
「第一橋」とあれば「第二」「第三」とあると思うのだが、それはない。地下調整池が完成したのが平成9年でそのころから、上流に向けて護岸改修工事が進んだようだ。このため方南第一橋も親柱は新しい。

弁天橋もやはり新しい橋です。大きな集合住宅がひときわ目立つ。

遊歩道も護岸もきちんと整備されていて、それはいいのだが、流れは単調ですね。

………真鍮の柵越しに川面に目を落とすと
おやっ! 珍しいアメンボがスイスイ。

春の小川はさらさらいくよ………
という子ども時代の感興にはならないまでも、
いくらか自然の蘇りを感じます。

和泉橋→一本橋→番屋橋
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シラサギも遊んでいる。
川床にはところどころ小石が敷かれている。
ようやく「川」らしい風情がでてきました。
神田川も流れの情景はこうでないと所詮「水路」に過ぎません。

中井橋
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「中井橋」の西側の道を少し進んで右に曲がると道沿いに「貴船神社(きふねじんじゃ)」があります。
貴船神社に寄り道しよう。





寄り道 貴船神社
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宮前橋の近くにある「和泉熊野(いずみくまの)神社」の末社がこの「貴船神社」です。

当社は和泉熊野神社の境外末社です。「新編武蔵風土記稿」は江戸時代の当社の姿を「除地一段、村の北のほうにあり、小祠を東向に立つ」と記しています。
創建は社伝では文永年間(1264〜75)ともいわれていますが、詳細は明らかではありません。
祭神はタカオカミノカミです。この神は山・谷あるいは川にすむ雨水をつかさどる龍神で、雨乞い・止雨に霊力があるといわれています。当社はこの水を支配し豊穣を約束する神として信仰されていた、山城国(現京都府)の貴船神社の祭神を勧請したものと伝えられています。
境内の池は「御手洗の小池」と呼ばれ、かつてはいかなる干天にも枯渇することなく、村民の雨乞いを行う場所であり、その豊富な湧水から「和泉」の地名は、この池に由来するともいわれています。また水質も大変良かったようで「豊多摩郡神社誌」は「里人は昔よりこの井より清酒を湧出せしなどいい伝ふ」との伝説を伝えています。この伝説は今日も語り継がれています。しかし、この湧水も神田川の改修工事や周辺の宅地化にともない、昭和40年頃以後は水がかれていまいました。
当社は対象時代においても、「木造萱葺、間口4尺、奥行き3尺」という小祠にすぎませんでしたが、古くから和泉地域の人々の厚い信仰に支えられて今日に至っています。
なお現在の神明造りの本殿は昭和36年の造営で、落成を記念した石碑も建てられています。
祭礼は5月5日です。
平成元年3月
杉並区教育委員会


寄り道 龍光寺

宮前橋の西に「熊野和泉神社」があります。
道路を隔てて「龍光寺」がありそちらに寄り道してきましょう。

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当寺は泉涌山医王院と号する真言宗室生寺派の寺院です。本尊は薬師如来立像で、杉並区では珍しい平安時代末期(12世紀前半)に造立されたものです。
開創は明治10年の書き上げによると承安2年(1172)とされ開山は寺伝によれば龍観和尚と伝えられています。
山号の「泉涌」は、和泉の地名の由来ともなった貴船神社の泉に、院号の「医王」は、本尊の薬師如来に因むものといわれています。また寺号の「龍光」は当寺のすぐ下を流れる神田川の源、井之頭池にすんでいた巨大な龍が川をくだってきてこの付近で雷鳴をとどろかせ、光を放って昇天したことに由来すると伝えられています。
江戸時代、当寺の本尊は難病にご利益のある薬師如来として信仰厚く、ゴマの煙が耐えなかったといわれています。戦時中の供出で今はなくなってしまった寛保2年(1742)銘の梵鐘にも「医王之宝殿」「衆病悉除抜苦」と記されていました。なお現在の梵鐘は昭和29年に造られたもので、区内では最も大きいも」のです。
当寺に伝わる文化財としては室町期に作られたといわれる興教大師像、文明2年(1470)銘・明応5年(1496)銘の板碑のほか、江戸時代の庚申塔・供養塔など多数が所蔵されています。また、当寺は明治初年に廃寺となった慈冠山日照寺を合併しています。
平成3年3月
杉並区教育委員会


宮前橋→栄泉橋→神泉橋
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和泉熊野神社、貴船神社、泉涌山医王院龍光寺と和泉・泉にまつわる寺社があり、それに因んだ土地、橋があるんだ。

神泉橋は井之頭通りを渡している。







蔵下橋→明風橋→栄高橋


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蔵下橋と明風橋の間で京王井の頭線の高架をくぐる。
蔵下橋を過ぎたあたりは流れもよどみ
水藻も泥がかぶったようによごれて見える。

明風橋の真下、日陰に休む鴨の群れ
大きな鯉が悠然と泳いでいる。
水清ければ魚住まず

雀のお宿

明風橋から栄高橋への途中
珍しいな、こんもりした竹藪。
ベンチがあっていかにも涼しげ
ひとしきり蝉の声が高まる。
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ひまわり橋

たいへんかわいいネーミングです。きっとそばに永福南小学校があるからですね。

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川沿いの壁面には、カルタのようなデザインのイラストのプレートが目を引く。
上流から順に、
1.「かわせみさん」2.「んんと考えるだ」3.「だみ声の尾長」4.「雁が二羽」5.「わらびの野」6.「野紺菊の青」7.「おなが鴨」8.「もんしろ蝶の舞」9.「いぬたで」10.「田園」
頭文字をつなぎあわせると「かんだがわのおもいで」
おしゃれでかわいい。

永福橋

少年の石像が「ここは永福ですよ」と
ちょっと寄り道、永福町駅方向に坂をあがる。

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寄り道 永福寺

寺伝によれば開創は大栄2年(1522)
真新しいコンクリートがピカピカして………
百日紅が鮮やか
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寄り道 永福稲荷神社
こんもりした木立の中に落ち着いた雰囲気をかもす。
『新編武蔵風土記稿』多摩郡永福寺村の条に稲荷神社(永福寺境内)と記されている。
社伝によれば享禄3年(1530)に永福寺の開山秀天和尚が永福寺境内の鎮守として伊勢外宮より豊受大神を勧請創建したといわれる。
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