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zoom RSS 新・神田川遡行 4 左衛門橋.・美倉橋界隈

<<   作成日時 : 2015/04/05 12:18   >>

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画像左衛門橋
神田川も上流に行けば市街化が急速に進んだため次々と架けられる橋の名前には安直につけたとしか言いようのないものが多くなるのだが、古くからある橋については橋名の由来を辿るのも神田川遡行の楽しみでもある。
新・神田川遡行で使用している古地図は安政3年(1856)の実測復元地図です。
この古地図の当時にはまだ架けられていませんでした。実はここ北側には明治維新まで出羽鶴岡藩(庄内藩)………藤沢周平作品の舞台ですね………大名・酒井左衛門尉忠発の下屋敷があり、近辺の河岸は「左衛門河岸」と呼ばれていました(古地図参照)。明治になって架橋の際に左衛門河岸に架ける橋として左衛門橋と名付けたということです。なお現在の橋は、昭和5年(1930)の震災復興事業の一環として架橋されました。
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 神田川逍遥会の一人M1さんが突然
「タダアキ(忠発)さんと読むのです。この方は水野忠邦の天保改革の一環であった印旛沼開拓事業の現場で普請をやっていた人です。」
初めて耳にする人物だったので私はびっくりしました。
さすが古文書研究の人、歴史好きのMさんです。

左衛門橋から千代田区に入ります。橋から上流、下流を眺めますと、千代田区になった途端に両岸にびっしりと留められていた屋形船が姿を消しました。なぜかな?


古地図には左衛門橋の南側に広い屋敷が見えます。
浅草橋南詰の交番横にこの屋敷に関するガイドパネルが置かれています。
郡代屋敷跡
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江戸時代に主として関東の幕府直轄領の年貢の徴収・治水・領民紛争の処理などを管理した関東郡代の役宅があった。
関東郡代は天正18年(1590)徳川家康から代官頭に任命された伊奈家が代々世襲してきた。始めは常磐橋御門内にありましたが、明暦の大火(1657)による焼失後この地に移り馬喰町郡代屋敷と称されました。寛政4年に伊奈氏の失脚の後勘定奉行が関東郡代を兼ねこの地に居住しました。文化3年(1806)に関東郡代制度が廃止され、屋敷が焼失した後には代官の拝領地となって、馬喰町御用屋敷と改称されましたが、江戸の人々は永いこと郡代屋敷と呼んでいました。
平成20年3月 中央区教育委員会(抜粋)
時代劇によく出てくる関東郡代は大概が強気を助け、弱気をくじく悪役ですね。

古地図をみれば川沿い北側は「河岸(かし)」や「揚場(あげば)」が連なる。上流に佐久間河岸、下流に久右衛門河岸。隅田川沿いから続く船荷の積み下ろし岸で奥に「蔵地」のエリアが連なっていた。
また南には「柳原土手」あるいは「柳原堤」という堤防が築かれ柳の並木が続いていた。

その面影はどこにもありませんが川沿いの柳原通りには若い柳の木が植えられているところもあります。
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さて、次の橋ですが古地図には「新シ橋」(あたらしばし)とあります。







現在は「美倉橋」と呼ばれます。清洲橋通りを通しています。
美倉橋
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舟による流通取引が発達した町人の町。古地図には小さく久右衛門町蔵地、佐久間町蔵地の表記も見るが、このあたり神田佐柄木町蔵地、本銀町蔵地、神田紺屋町蔵地の三つの蔵地があり「三倉地」と呼ばれていた。明治時代になってから「三」を「美」とかえた「神田美倉町」という町名にしたことがこの橋名の由来なのだそうだ。
親柱が大きくテーブル状なのは珍しい
画像橋の南詰に白壁で三つの倉が立っているのが見えた。
起源の倉か!と間違いそうだがこれは公衆トイレだ。男・女・車椅子対応とそれぞれ倉風に建てられている。
喫煙のサラリーマンがチラホラ。
まだ禁煙できていないNさんが一服。
清潔そうに見えるから、用足し具合はいかがであったか?
とメンバーである都会派のご婦人に聞いたところ、
ひどいからやめたと尻をまくられた。

(このシリーズで写真の一部は昨年撮影したものが混じっています)





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