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zoom RSS 新・神田川遡行 25 淀橋から長者橋

<<   作成日時 : 2015/11/23 13:11   >>

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画像平成27年8月11日 
第六回神田川逍遥会 
本日のコース
神田川逍遥会のみなさま
酷熱の日々も峠を越えたかに思われますが、さてどうでしょうか。
先般のお知らせの線で下記の通り実施しますのでご参加ください。
この会の発足時の予定では6日間で全コース完了でしたが大幅に遅れております。
特に急ぐ気もありませんのでよろしくお願いします。


1 実施日:8月11日 火曜日           
2 集合場所:「淀橋」にて
3 集合時間:13:00  
4 コース:淀橋から長者橋→成願寺→落合水再生センター≪15時予約≫→新宿「渡辺」にて反省会
5 ポイント: 大ロマン中野長者伝説を楽しむ : 現代の下水処理のメカニズムを学ぶ
6 その他
歩く距離は1キロ程度です。成願寺から中野坂上駅まで歩き、ティータイム。
中野坂上駅から西武新宿線下落合駅まで電車。
落合水再生センターは駅のそばです。そこで一時間半ほど見学会。
熱中症に注意してゆっくりと行きます。
新資料はお渡しします。
以上


画像60番 豊水橋(とよみずばし)
現在の淀橋付近に玉川上水の助水路が合流していて水が豊富で川の東地区は「豊水」と呼ばれていたことから(Click!)橋名がつけられている。平成5年8月27日の「台風11号」により淀橋の上流域で大きな被害を発生した。「河川激甚災害対策特別事業」が発動され、淀橋から新橋までの区間が整備された。
淀橋から川上をみれば両岸ともにビルのウラ壁面が連なって味気がないのだが、この激特事業によって護岸壁は剝き出しのコンクリートではなく、レンガを積み重ねたような意匠で装い新たに強化されている。
淀橋間の遊歩道も作られた。
区境にあった神田川だが菖蒲橋から先は中野区内にはいり新宿区の外に出る。
この間は流れ、情緒、風景とも単調である。

61番 相生橋
流れは南北から東西へと緩やかに変わる。
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これはM女さんの衝撃的な回顧談である。
「怪異 相生橋」
少女であったM女が夕刻、新宿の自宅へ帰ろうと相生橋にさしかかった。暮れなずむ新宿の町を背に白い着物の女性がこちらに向かって歩いてくる。逆光だから長い髪を結いあげた顔をよく見ることはできなかったが、すれ違いざまほのかに漂ってきた上品な香りその人の整った面立ちをイメージすることはできた。橋を渡り切ったところで「あいおいばし」ってどうしてかわからないが素敵な名前だわ………とちょっとだけ感傷的な気分になった少女は夕日に赤く染まった相生橋を振り返った。
なななんと!すれ違った人が着物の端を持ち上げて川に向かって放尿しているではないか。


話を聞いた男どもは「で、見えたのか?」と聞いたものだ。
………………

画像62番 菖蒲橋(あやめばし) 63番 宝橋
神田川を楽しむ視点のひとつに「多様な街灯のデザイン」がありますが、このあたりの街灯はモダンですね。

菖蒲橋
古地図で見れば神田上水が複雑に分岐するところで一帯は田圃であった。アヤメも咲いていたろう。親柱、欄干などは名前にあやかって「あやめ」の意匠が施されれている。
菖蒲橋は新宿区と中野区を分岐する橋で小滝橋からここまでの神田川は中野区・新宿区の区境を流れていたが、これより上流は中野区だけになる。なお菖蒲橋から南側の通りを突き当たるとそこは渋谷区になっている。

宝橋
「宝」という名称の由来は中野長者伝説関連の成願寺山号「多宝山」でしょうね。
宝橋から振り返ると新宿高層ビルが目前でハッとします。高層ビルのガラスの壁面が鏡になって隣のビルや空を映し出しています。無機質な大都会模様ですが手前に見える中低層住宅からは生活の匂いが立ち上ってきます。

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64番 長者橋
「中野長者伝説」で知られる鈴木九郎ゆかりの成願寺の近くにあることから「長者橋」呼ばれている。
ここ山手通りを北へ歩いて成願寺を訪ねる。
ここから眺望する新宿副都心はいつも見栄えがするが今日は晴天だったのでことさら気持ちよく見えた。ただし暑さは厳しかったが………。

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寄り道 多宝山成願寺

長者橋→多宝山成願寺→中野長者伝説については既に詳しく記事にしてあります。
「神田川遡行 その六 淀橋から中野新橋」の記事(Click!)
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神田川はいくつもの伝承を残しているが中でも中野長者伝説はスケールが大きく、歴史小説プラス伝奇小説の王道を行ってまさしく大河ドラマだと思う。
12世紀末、源義経の東下りに従ってきた熊野の神官一族がいたという………このオープニング! 観客にワクワクさせる期待を抱かせるではないか。15世紀初頭、その神官の末裔にあたる鈴木九郎がこの地に住み着いた。太田道灌が江戸に城砦を作ることで淀橋が渡す青梅街道が交通の要衝になったころである。彼がここ荒れ地を穀倉地帯に変えた。牛馬を飼育しその販路を開拓した。生産品の卸だけではなく、おそらく運輸交通も手掛けていたであろう。
そして熊野十二権現を自身の開拓地に祀り、邸宅内に成願寺を開く。つまり文化の発祥である。

この物語は中野地区の開拓史を語っているのだ。
さらに勤勉で信仰心厚い努力家が報われる功徳、徳行の奨励であり、物欲を断ち切れぬ人生と因果応報を説く仏教説話でもあります。

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江戸名所図会 成願寺

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南面した山門の前を水量豊かに神田上水が流れている。長者橋は参道にあたる。裏山には「中野長者墓」とある。名所図会からも中野一帯を開拓した鈴木九郎の痕跡をうかがい知ることができる。
中野長者伝説は「紫の一本」「江戸砂子」「武蔵名勝図絵」「新編武蔵野風土記稿」などにも記述され広く伝播した伝承であった。
成願寺や神田川を中心とするこの一帯は南北の大地に挟まれた低地で、古地図には本郷村とある。相当昔から開けていた土地のようだ。

画像「史蹟中野長者遺跡」
「史蹟 中野開拓 鈴木九郎長者塚 東京府」とある。

墓の左手には中野長者に関する詳細な絵物語の大きなパネルが置かれている画像盂蘭盆会の供養があったのだろう、新しい卒塔婆が立てられていた。
九郎の戒名は正蓮、妻は妙珊、娘(小笹)は真窓正観禅女とある。
「数年前修復が施された成願寺のご開山さまのお像のなかから、古い小さな骨片がたくさん出てきました。これを東京大学名誉教授鈴木尚先生に鑑定していただいたところ、中年の男性とからだの弱い娘の骨ということがわかりました。鈴木九郎と夭折した小笹の遺骨にまちがいないでしょう」と成願寺のホームページには書かれている。
いかにも史実らしくあって可笑しい。

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このパネルに詳細な伝説が記載されていたのでPDFで紹介します。

決定版 中野長者伝説(CLICK!)


ところでこのパネルは2015年4月に撮影したものだが、現在は一部修正されている。上記PDF「決定版 中野長者伝説」の通り。
中野長者は我欲のままに人を殺しその祟りで娘が蛇に変身自殺するのだが、パネルの絵のその部分に紙が貼られ、別の絵と文がついています。どういう風の吹き回しでしょうか。この修正で鈴木九郎の人間としての魅力と妖異伝奇性という物語の面白さが失われてしまいました。

本堂にみる中野長者伝説

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成願寺は曹洞宗の寺院である。罪と罰に苦しむ九郎を再生へ善導したのが小田原の大雄山最乗寺の住職春屋宗能(しゅんおくそうのう)禅師であった。彼はその教えを受け名を正蓮に改め僧侶となり、邸宅を寺院にしたのがこの当寺院の始まりである。1438年のことであった。名は娘の戒名(真窓正観禅女)から当初は正観寺となっていたが、江戸時代に再興の折り「願い成る」として成願寺と改称した。幕末には一時、新撰組の近藤勇とその家族が当寺院に身を寄せていた。

本堂の正面を見上げると小田原大雄山最乗寺にゆかりのある『大雄宝殿』との扁額が掲げられている。

向拝の聯(れん)には、「去年の梅本年の柳、 顔色馨香旧に依る」とある。これは九郎が座右の銘とした宗能禅師の言葉だ。万物の形態は千変万化だがいずれも究極の真理が現れているものだ………「空即是色」の意味かと勝手に推測しているのだが。

手前両側の用水鉄鉢はどなたかが寄贈したものだが、伝説の「大観通宝」が刻まれている。

鍋島家の墓所

この成願寺には大名・蓮池鍋島家の墓所があって中野区教育委員会の案内板に説明がある。中野長者について公の機関が説明したものはないが鍋島家墓所にはこういう権威の証明がついていた。
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この成願寺には、大名・蓮池鍋島家の墓所があります。中野在来の寺院で大名家の墓所があるのはここだけす。 蓮池(佐賀市東部)の鍋島家は、直澄が寛永十六年(一六三九)五萬二千六百石を与えられ分家したのに始まります。 墓域に入ると十基の墓石が立ち並んでいます。手前の自然石が四代藩主・直桓の供養碑、三番目の四角いのが墓石です。銘文によれば、直桓は、寛延二年(一七四九)に麻布龍土町(港区)の藩邸で病死し、衾村(目黒区)に葬られましたが、のちその墓は成願寺に移されました。 他の八基の墓は、二代直之・八代直与・九代直紀の子供たちのものです。 また、墓地の右手の奥に鍋島地蔵と呼ばれる地蔵姿の墓碑があリ「真如院殿一幻妙覚童女之霊」の法名が刻まれています。
昭和56年3月 中野区教育委員会

鍋島家と言っても分家なのであまり著名な史跡ではない。

これから地下鉄丸ノ内線中野坂上より乗車、西武新宿線下落合駅で下車し「落合水再生センター見学会」である。


大きい地図で見る



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