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zoom RSS 山田風太郎 『警視庁草紙 上』 「明治もの」の傑作を発見した喜び

<<   作成日時 : 2016/01/29 21:34   >>

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画像山田風太郎といえばなんといっても「忍法帳」である。学生のころ「週刊新潮」に『くノ一忍法帳』『外道忍法帳』が連載されていた。毎回忍者同士が奇想天外、抱腹絶倒のセックス忍法で死闘を繰り広げるのだ。なんて面白いのだろうと、その後忍法作品はほとんど読んでしまった。
だから水戸天狗党の乱をシリアスに描いた『魔群の通過』を読んだ時には、なんと本格的歴史小説の傑作ではないか!とその才の奥深さに舌を巻いたものだ。

そしてこの「明治もの」である。
ところで「明治もの」といってもNHKのテレビドラマではない。NHKが明治変革期の「光」を取り上げているのに対し反対の極にある明治の「陰」を描いた小説群である。

ここしばらく「明治もの」の傑作が次々と生まれていると指摘できよう。
たとえば
辻原登 『許されざる者』『円朝芝居噺 夫婦幽霊』
木内昇 『漂砂のうたう』『ある男』『櫛挽道守』
松井今朝子 『円朝の女』
浅井まかて『恋歌』
京極夏彦『書楼弔堂 破曉』
などをあげることができる。

江戸から明治へ、幕府の崩壊によりすべての価値観が揺らいだ歴史の転換期。いずれの作品も小説であるから、史実や歴史上の人物像と著者の想像力による虚構が見事にバランスする。時代の流れを強引にリードしようとするもの、流れに乗り遅れまいとするもの、一方、流れに乗り切れず取り残されるものがいる。
そして「明治もの」の傑作は、どちらかといえば取り残される側にスポットを当てている。時代の不条理に悶えつつもしたたかに生きる人間の哀感を描いて、心打つものばかりである。

『警視庁草紙』はこのはるか前、1973年(昭和48年)から「オール讀物」に連載されていたのだ。『警視庁草紙』を読み始めてすぐに山田風太郎流の明治史観と小説作法がこれら最近の傑作「明治もの」の著者たちの先を行くものであることに驚かされた。

冒頭、明治6年。征韓論に敗れ野に下る西郷。彼を見送る大警視・川路利良。川路の背後に聳える大久保利通。権力を確固たるものにしようとするものの象徴として大久保・川路を、旧秩序を捨て切れぬ人々として、いわば心情西郷ファンというべき群像を無数にちりばめる。おそらく史実であろうと思いたくなる後景に魅せられながら、虚実綾なす珍奇玄妙、摩訶不思議の事件の数々が展開する。もちろん謎解きミステリーとしての完成度は高い。
心情西郷ファンとは薩長の横暴にたてつくものだ。その狂言回しが、元同心・千羽兵四郎と元岡っ引き・冷酒かん八。彼らが心服するのは元江戸町奉行・駒井相模守。通称「隅のご隠居」と呼ばれる知恵ものの好々爺だが、勝海舟、山岡鉄舟など旧幕臣にして明治政府の大立者と親交が厚い。
開化期の明治を舞台に俊傑たちが東京を疾走する時代活劇譚!
連作短編風で、事件の一つ一つによく知られる歴史上の文化人が登場する。この登場の仕方が思いがけないものだから、ギョッとし、また知的好奇心をかきたてるところは心憎い限りだ。
たとえば。かつて佐幕か討幕かで揺れ動いた小藩の後日談。「幻談大名小路」(タイトルが実にあやしげでよろしい)では娼妓解放令により無人化した新宿内藤町の女郎街で
数え年八歳の幼童と三つの幼女は朱い格子越しにあどけない会話を続けていた。この少年が、後年夏目漱石として『道草』の中に………この失われた町での生活を描写することになろうとは………いわんやこの幼女が後年名作『たけくらべ』の作者樋口一葉になろうとは(兵四郎は)いよいよ知る道理がない。
ところで、わたしの出身高校は新宿内藤町の一角にあった。入学当時は売春防止法が成立して2〜3年。ヌードスタジオのどぎつい看板があちこちにあり、校庭の塀越しには安アパートの物干し台に女たちの下着が見えたものだ。猥雑な空気がいたるところにあった………と変なことを思い出させてくれた。
わたしはまた古地図を片手に江戸の史跡を訪ねることがあるから、舞台となっているいくつもの江戸の町の描写をバーチャルに思い浮かべる楽しさもあった。
例えば銀座である。「幻燈煉瓦街」。………9歳の幸田鉄四郎(後の露伴)が河竹黙阿弥と一緒に得体のしれない見世物小屋が軒を連ねるガス灯の新興銀座を訪ねる。千羽兵四郎たちはのぞきからくりに南部藩の恨みが妖しく揺らいでいるのが見えた………。

大久保・川路路線に抵抗する駒井相模守らを軸にした連作短編小説に見えるが、それが食わせ物でして、むしろ丹念に仕掛けを施した長編小説として読むべきであり、開幕シーンと終幕シーンの対比も鮮やかに決まる。
そして無常観が一貫した著者の心境に直接触れる思いがして、深く読後の余韻をかみしめることができます。


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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
大変ご無沙汰しております。
よっちゃんの元部下で私の元上司だったTさんと近いうちに一献お誘いを、と(メールで)話をしていたら、ブログで「休養入院」とのこと。また、しばらくは難しいことがわかりビックリしましたが、昨晩の新着記事のアップとその時間を見て少し安心しました。

当方は、最近は面白かったと思ったり、お薦めしたいと思う本に出合えず、学生時代に読んだ本の再読やら購入したままの積んどく状態の解消を、と考えている次第です。
新着記事をゆるやかぁに^^お待ちし、早期復帰を祈念しております。
流山のマー坊
2016/01/30 17:07
流山のマー坊さん、ご無沙汰しています。パソコンが小型で机がないから思うようには書けませんが、ボチボチやっています。最近はカメラや江戸歴史散歩にはまり込んで読書の時間がなくなっていました。
新刊の長編はなかなか手が出ません。
Tさんとは昨年?飲んでいます。よろしくお伝えください。
よっちゃん
2016/01/31 10:14
よっちゃんへ
ご機嫌伺いにブログへ参りました。
山田風太郎(タイトル失念)、一冊読んで、余りのスカトロに驚いて、以後読んだことがありません。
これはスカトロ感が低そうなので、挑戦してみます。
読み人
2016/01/31 23:36
読み人さんへ
コメントありがとうございます。
いくつか「明治もの」を書いてるようですが、少なくともこれはおすすめの逸品。
よっちゃん
2016/02/01 12:54
読了致しました。面白かったですが、余計なことをいろいろ考えてしまいました。そのように仕掛けてあったのなら山田風太郎、大策士です。多分、そうなのでしょう。
読み人
2016/02/08 22:18
「魔群の通過」はいわば「天狗党もの」ですが、吉村昭、浅井まかて、伊藤潤らよりかなり早い作品で、先見の感覚は鋭い作家だと思いました。茨城県人としてはこれもおすすめです。
よっちゃん
2016/02/09 13:04

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