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みんなの「神田川」ブログ

タイトル 日 時
新・神田川遡行26 落合水再生センター見学
新・神田川遡行26 落合水再生センター見学 神田川の水源は井の頭池、妙心寺池、善福寺池とされているが、それぞれの湧水量はたかがしれていると思われる。流域から流れ込む水量とどんな割合になっているのかな?落合水再生センターの神田川水質改善への貢献は?放水路はどこにあるのか?そもそも再生センターの役割は?いろいろな疑問があって今日の見学会となったのです。 ...続きを見る

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2015/12/01 23:52
新・神田川遡行 25 淀橋から長者橋
新・神田川遡行 25 淀橋から長者橋 平成27年8月11日  第六回神田川逍遥会  本日のコース 神田川逍遥会のみなさま 酷熱の日々も峠を越えたかに思われますが、さてどうでしょうか。 先般のお知らせの線で下記の通り実施しますのでご参加ください。 この会の発足時の予定では6日間で全コース完了でしたが大幅に遅れております。 特に急ぐ気もありませんのでよろしくお願いします。 ...続きを見る

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2015/11/23 13:11
新・神田川遡行 24 末広橋より淀橋
新・神田川遡行 24 末広橋より淀橋 柏橋から末広橋へ向かう。 また嫌な臭いが漂ってきた。末広橋の手前左岸に旧桃園川の合流口が見える。臭いの元だな。江戸川橋でもそうであったが、暗渠化して汚水が流れる旧河川の出口はたいがい汚臭がでている。神田川がきれいになったと言ってもまだまだやり残しいるところは多い。 桃園川は杉並区と中野区を流れる河川で全区間暗渠化されている。中野区内では「中野川」とも呼ばれている。現在の暗渠は桃園川幹線という下水道になっている。神田川への開口部は桃園川幹線からの分水で本来の川の水ではない。 ...続きを見る

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2015/11/02 18:41
新・神田川遡行23 新堀橋より柏橋
新・神田川遡行23 新堀橋より柏橋 46番新堀橋から47番せせらぎ橋は近い。オヤ!蝉の鳴き声に混じって瀬の走る音が聞こえてきた。川床を見ると細かい段差が並べられ流れが音を奏でる仕組みになっている。粋な演出です。神田川を遡ってきましたが「せせらぎ」を聞けるところはあまりなかった。 せせらぎ橋 左岸に「せせらぎの里」公園(Click!」がある。子供達のための池や水遊び場があって、近隣の人達の憩いの場にふさわしい清潔感ある都会風な「親水公園」です。私たちも一休み。 この下には「落合水再生センター」の水処理施設がある。人工の地盤上に... ...続きを見る

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2015/10/18 00:20
新・神田川遡行22 高田馬場から新堀橋
新・神田川遡行22 高田馬場から新堀橋 第5回神田川逍遥会は7月19日13時に高田馬場駅前に集合し、41番清水橋から59番淀橋までゆるりと神田川遡上を楽しんできました。予定では6日間で全コース踏破のはずが、まだ中間地点にまで到達していないという余裕しゃくしゃくの散策です。きょうはようやく一つの区切りである高田馬場を越えるんです。 ...続きを見る

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2015/09/30 11:18
新・神田川遡行 21 高戸橋より神高橋
新・神田川遡行 21 高戸橋より神高橋 支流の探索が長くなってしまいましたが、このあたりで本流に戻りましょう。 ...続きを見る

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2015/08/27 18:05
新・神田川遡行 20 「真説 高田馬場」 水稲荷神社にあるもう一つの史跡
新・神田川遡行 20 「真説 高田馬場」 水稲荷神社にあるもう一つの史跡 水稲荷神社の境内入口、石段を上った左側に巨大な石碑が威圧するようにそびえている。 水稲荷神社のホームページによると 堀部安兵衛助太刀の場所の碑です。 元禄七年(1694)二月十一日のこと、安兵衛は市ヶ谷から喜久井町を通り、馬場下の小倉屋で、枡酒をあおると高田馬場に駆けつけ、叔父の菅野六郎左衛門の果し合いに助太刀し相手方三人を切り倒した。 この果し合いの場所は、現在の新宿区西早稲田3丁目12−4(西北診療所)のあたりといわれています。 この決闘で助太刀をした安兵衛の活躍が... ...続きを見る

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2015/08/22 19:50
新・神田川遡行 19 番外編 高田富士祭で富士山登頂
新・神田川遡行 19 番外編 高田富士祭で富士山登頂 今年は7月19日と20日が高田富士祭で神田川逍遥会のメンバーTさんと二人で出向いてみました。 まず関連する古地図(click!)と現在の在所(click!)確認します。 ...続きを見る

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2015/08/21 12:43
新・神田川遡行 18 水稲荷神社とその周辺
新・神田川遡行 18 水稲荷神社とその周辺 まず、古今の周辺の地図を見ておきましょう。古地図の中心部には小さく「三島社」とあるがこの場所に現在の水稲荷神社がある。水稲荷神社は、『江戸名所図会』に描かれた当時、「高田稲荷」とよばれていました。右下の小高い丘の上にあるのが、水稲荷神社(高田稲荷)で、ここは現在の早稲田大学9号館裏のあたりです。その右にある山は、高田富士で、水稲荷神社(高田稲荷)とともに、昭和38年(1963)に西早稲田3丁目の現在地に移転しました。 ...続きを見る

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2015/08/19 18:22
新・神田川遡行 17 豊橋から高戸橋
新・神田川遡行 17 豊橋から高戸橋 豊橋 神田川30番目の橋です。河口から7キロの地点です。全長24.6キロですからまだ三分の一にもなりません。 なお」神田川は新宿区と文京区の区境を流れていましたが、このあたりから新宿区と豊島区の境を流れます。 ...続きを見る

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2015/08/06 13:28
新・神田川遡行 16  駒塚橋界隈 (水神社・芭蕉庵・永青文庫・新江戸川公園)
新・神田川遡行 16  駒塚橋界隈 (水神社・芭蕉庵・永青文庫・新江戸川公園) 胸突き坂 駒塚橋より目白台に向かって急坂が伸びている。「胸突き坂」というから苦しくなりそうだ。胸突き坂の左手には水神社、右手に関口芭蕉庵、坂を上り切ったあたりに永青文庫と文化史跡が連なり、さらに奥には講談社野間文庫、村上春樹が一時入っていたことで知られる男子学生寮の和敬塾を見ることができる。 ...続きを見る

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2015/07/30 16:46
新・神田川遡行 15 江戸川橋より駒塚橋
新・神田川遡行 15 江戸川橋より駒塚橋 6月27日。このところ雨の降り続く日が続いたが、今日は梅雨の合間というタイミングか、午後には降りやんでいた。第四回神田川逍遥会は江戸川公園入口に全員が集合した。 ...続きを見る

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2015/07/07 15:30
新・神田川遡行 14 中之橋から江戸川橋
新・神田川遡行 14 中之橋から江戸川橋 中之橋界隈 新白鳥橋に続く19番目の橋がこの仲之橋だ 現代地図にも名前が表示されていない地味な橋だが、隆慶橋と石切橋の間で古地図には「中橋」とある江戸時代からの歴史をのこす橋だ。 ...続きを見る

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2015/06/22 21:26
新・神田川遡行 13 船河原橋から新白鳥橋
新・神田川遡行 13 船河原橋から新白鳥橋 船河原橋は神田川14番目の橋だ。5月24日、第三回の神田川逍遥会は暑い日だった。 飯田橋交差点陸橋から眺める船河原橋はいつになっても複雑だなぁ。人が歩けないという珍妙な歩道が見える。 今日はここから江戸川橋までを散策するが、川の流れは淀んで濁り、悪臭もある。首都高が流れに覆いかぶさっているので暗い。道路にはところどころでごみの山が積まれ、ラーメンの屋台が置き去りにされ、路上生活者の昼寝姿も見られた。コースを通して最も環境の悪いゾーンに当たる。 だが、戦前は、大曲付近の桜並木、屋形船での... ...続きを見る

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2015/06/20 11:26
新・神田川遡行 12 飯田橋界隈
新・神田川遡行 12 飯田橋界隈 飯田橋を徹底解剖してみようまずはわかりにくい飯田橋交差点です。 神田川逍遥会の第三日に当たります。 ...続きを見る

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2015/05/18 19:42
新・神田川遡行 11  水道橋・後楽橋・小石川橋
新・神田川遡行 11  水道橋・後楽橋・小石川橋 水道橋 神田川で11番目の橋だ。かつて「吉祥寺橋」と呼ばれている時代があったと言います。現在文京区本駒込にある吉祥寺が、天正19年(1591)から明暦の大火(1657年)で燃えるまでの間、水道橋北詰にあったことによるらしい。中央線に「吉祥寺駅」がありますが、あの一帯に吉祥寺というお寺は今も昔もありません。明暦の大火のあと、元吉祥寺周辺の住民たちが移住しそこを吉祥寺村と名付けたのです。 ...続きを見る

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2015/05/13 20:16
新・神田川遡行 10 水道橋懸樋
新・神田川遡行 10 水道橋懸樋 お茶の水橋から水道橋方面に外堀通りを歩く。緩やかな下り坂をお茶の水坂と呼んでいる。道路の右手に案内板があった。 お茶の水坂 ...続きを見る

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2015/05/12 19:41
新・神田川遡行 9 御茶ノ水駅界隈
新・神田川遡行 9 御茶ノ水駅界隈 昌平橋から聖橋へ向かうには神田川(仙台濠)の北側の相生坂を上れば途中右手に昌平坂を見ることができます。また南の淡路坂を通れば聖橋手前の太田姫神社元宮を見逃すことはありません。 さて今日4月13日は神田川逍遥会の遡行二日目でM1さんとNさんはあいにく都合がありましたが、ただNさんは反省会には駆けつけるそうです。予定通り御茶ノ水駅聖橋口に集合しましたがあいにくの雨です。しかもただの雨ではなく本降りなのです。が、誰も中止しようと言わないのがむしろじゅうぶんに生きてきた高齢者の強みなのかもしれません。... ...続きを見る

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2015/05/12 11:55
新・神田川遡行 番外編 ・花見三昧 「散策 小石川後楽園・江戸川公園界隈」
新・神田川遡行 番外編 ・花見三昧 「散策 小石川後楽園・江戸川公園界隈」 神田川逍遥会メンバー全員そろってお花見としゃれてみた。縁の深い小石川後楽園と江戸川公園。ズバリ快晴の一日であった。 ...続きを見る

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2015/05/05 23:26
新・神田川遡行 8 東京都水道歴史館、神田明神
新・神田川遡行 8 東京都水道歴史館、神田明神 江戸を知るには神田川を知らなきゃならぬ。神田川を知るにはまずは東京水道歴史館である。 ...続きを見る

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2015/05/03 18:07
新・神田川遡行 7 万世橋、筋違橋、昌平橋
新・神田川遡行 7 万世橋、筋違橋、昌平橋 万世橋はかつて現在の地にはなく、約150m上流に筋違橋門(すじかい)に付属する筋違橋がありました。この筋違橋と昌平橋、万世橋は架橋の経緯がたいへんややこしくなっています。 ...続きを見る

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2015/05/02 10:30
新・神田川遡行 5 和泉橋界隈
新・神田川遡行 5 和泉橋界隈 古地図を見れば。 浅草御門から筋違御門(すじかい)までは、北岸には船荷の集積地である「河岸」が連なり、いまでも神田佐久間河岸と呼ばれる。南側は土手が築かれていた。土手上には柳の木がずらりと植えられて、柳原土手とか柳原堤と言われていた。 北も南も町家が広がりを見せているが中で「伊勢津藩主・藤堂和泉守高猷(たかゆき)」の大名屋敷が目立っている。 また柳原土手には「柳森稲荷」が見える。 ...続きを見る

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2015/04/07 17:01
新・神田川遡行 4 左衛門橋.・美倉橋界隈
新・神田川遡行 4 左衛門橋.・美倉橋界隈 左衛門橋 神田川も上流に行けば市街化が急速に進んだため次々と架けられる橋の名前には安直につけたとしか言いようのないものが多くなるのだが、古くからある橋については橋名の由来を辿るのも神田川遡行の楽しみでもある。 新・神田川遡行で使用している古地図は安政3年(1856)の実測復元地図です。 この古地図の当時にはまだ架けられていませんでした。実はここ北側には明治維新まで出羽鶴岡藩(庄内藩)………藤沢周平作品の舞台ですね………大名・酒井左衛門尉忠発の下屋敷があり、近辺の河岸は「左衛門河岸」と呼ばれ... ...続きを見る

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2015/04/05 12:18
新・神田川遡行 3 浅草橋界隈
新・神田川遡行 3 浅草橋界隈 浅草橋の成り立ち 江戸幕府開府に伴い江戸の町づくりが進められ、その一環として江戸城防衛のため重要な拠点に見附門を設置した。 特にこの地は、日本橋から奥州街道・日光街道・水戸街道へ、又、江戸の古刹浅草寺(浅草観音)へ向かう重要な道筋にあたっていた。 このため幕府は寛永13年(1636)神田川の南岸、今の中央区側に浅草御門を設け、警護の役人も置いて見附門としたのである。越前国福井藩主の松平忠昌(徳川家康の二男結城秀康の子)が元初音森神社の跡地に築いて警護に当たった。 外濠の最北東を防衛する重... ...続きを見る

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2015/04/01 20:09
新・神田川遡行 2 柳橋界隈
新・神田川遡行 2 柳橋界隈 柳橋欄干から隅田川を観れば右手に両国橋 柳橋界隈は行政区として台東区、中央区、千代田区が入り組んでいるが、この場所は中央区東日本橋と台東区柳橋の境界にある。「柳橋」の由来についてはいろいろな説があって真説は不明だ。もともとは神田川が大川に流れ込むところにあるので「川口出口之橋」という名称であったが、ほとりに柳が植えられていたことから、いつしか「柳橋」と呼ばれるようになったという説がもっともらしい。元禄11年(1698年)に初めて架橋されたが、現在の橋は関東大震災の後につくられた鋼鉄製のもの。... ...続きを見る

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2015/04/01 00:42
新・神田川遡行 神田川逍遥会発足にあたって
新・神田川遡行 神田川逍遥会発足にあたって 8人のメンバーからなる神田川逍遥会。3月、好天にあたり、発会、柳橋から遡行を開始しました。 ...続きを見る

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2015/03/30 00:13
神田川遡行 その十一 (ゴール) 晩秋 井の頭公園
神田川遡行 その十一 (ゴール) 晩秋 井の頭公園 夕やけ橋の手前からはもう井の頭公園の敷地になる。 井の頭公園、正式には井の頭恩賜公園は大正6年(1917)に開園した都立公園で、徳川歴代将軍が鷹狩りをした場所でもある。御殿山という地名は、家光の鷹狩の時の休憩所があったことに由来する。三鷹という地名も同様だ。 古くからこのあたり武蔵野の段丘の崖下には湧水が多かった。ここ井の頭の池も、三方を段丘に囲まれた小さな谷の窪みにあたる。奥には良質の湧水口であった「お茶の水」がある。そしてここが神田川の源流でもある。 神田川遡行その一の「お茶の水」... ...続きを見る

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2014/12/30 01:31
神田川遡行 その十 佃橋より夕やけ橋
神田川遡行 その十 佃橋より夕やけ橋 柳橋を皮切りに真夏の7月からスタートした神田川遡行であるが、今や暦の上では冬だ。11月19日、川沿いはすっかり晩秋の色に染まっている。高井戸駅で下車し、青空にそびえる杉並清掃工場のマンモス煙突を背にして源流へ向かう。4キロメートルの間に橋が20もある。宅地化の進行に伴い近隣の要請から増設していったのだろう。それぞれの橋には個性もないし、興味を引くエピソードもない。秋色の遊歩道、多様な川床の意匠をもっぱら楽しむとしよう。 ...続きを見る

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2014/12/19 23:11
神田川遡行 その九  かんな橋より佃橋
神田川遡行 その九  かんな橋より佃橋 神田川遡行はようやく終盤に入る。今回は140ある橋の103番目にあたる「かんな橋」からスタートする。南下してきた神田川はこのあたりから西北へと流れを変える。 そして今回の流域は桜並木、戸建て住宅、整備された遊歩道が共通している。夏の終わり、秋は入口まで来ている。(8月20から9月3日) ...続きを見る

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2014/11/30 19:22
神田川遡行  その八 方南橋より永福橋
神田川遡行  その八 方南橋より永福橋 八月二十日 猛暑 ...続きを見る

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2014/11/22 00:30
神田川遡行 その七 中野新橋から方南橋
神田川遡行 その七 中野新橋から方南橋 赤い欄干の中野新橋。この界隈は、もともとは「新橋」と呼ばれ、橋の袂から黒板塀の料亭が連なり、芸者衆のパレードなど花街として賑わっていた。住宅化が進んでいまではその面影は朱塗りの橋があるぐらいで普通の町並みになっている。 ...続きを見る

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2014/10/16 19:04
神田川遡行 その六 淀橋から中野新橋
神田川遡行 その六 淀橋から中野新橋 新堀橋あたりで南北方向に流れを変えてきた神田川は相生橋付近から再び東西方向に向きを変えます。 新宿区とつきあいつつ長い距離を流れてきましたが、菖蒲橋から中野区に入ります。 中ノ橋付近が神田川全長の中間点になります。 「淀橋」「長者橋」にまつわるお話が面白い。 ...続きを見る

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2014/09/26 18:11
神田川遡行 その五 神高橋から淀橋
神田川遡行 その五 神高橋から淀橋 新宿区は神田川流域の環境整備事業に力を入れているのです。 この案内板に示されているように「豊橋」から「神高橋」の間と「新堀橋」から「菖蒲橋」の間には遊歩道が設置されています。 ただ、神高橋から新堀橋まではウォーキングに適した道はありません。 また新宿区と豊島区の境を流れていた神田川は「神高橋」からは「小滝橋」までは両岸とも新宿区になります。 ...続きを見る

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2014/08/27 12:36
神田川遡行 その四 駒塚橋から神高橋
神田川遡行 その四 駒塚橋から神高橋 古地図を見ますと橋がほとんど描かれていません。 特にこれから先の西方向は詳細な地図を必要としない鄙だったのでしょう。 ...続きを見る

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2014/08/10 17:57
神田川遡行 その三 江戸川橋から駒塚橋
神田川遡行 その三 江戸川橋から駒塚橋 神田上水の成立ちにあるキーポイントのひとつがこのルートにあります。また神田川遡行中、指折りの閑静な遊歩道になっています。 ...続きを見る

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2014/08/04 11:05
神田川遡行 その二 水道橋から江戸川橋      
神田川遡行 その二 水道橋から江戸川橋       水道橋から江戸川橋まで外堀通り、目白通り沿いに進みます。 神田川は途中から江戸川と呼ばれました。 ...続きを見る

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2014/07/24 18:36
神田川遡行 その一 柳橋から水道橋 平成26年7月9日スタートする
神田川遡行 その一 柳橋から水道橋 平成26年7月9日スタートする 神田川を河口から水源まで遡ろう。 河口は隅田川(大川)に開けている。 地図には隅田川から大洗堰まで表示されている。 ...続きを見る

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2014/07/17 22:42
神田川流域散策 平成26年5月11日 東中野から下高井戸まで 歩く歩く歩く
神田川流域散策 平成26年5月11日 東中野から下高井戸まで 歩く歩く歩く 貴方は もう忘れたかしら 赤い手拭い マフラーにして 二人で行った 横丁の風呂屋 「一緒に出ようね」って 言ったのに いつも私が 待たされた 洗い髪が芯まで冷えて 小さな石鹸 カタカタ鳴った 貴方は 私の身体(カラダ)を抱いて 「冷たいね」って 言ったのよ 若かったあの頃 何も怖くなかった ただ貴方のやさしさが 怖かった ...続きを見る

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2014/05/26 00:56
江戸歴史ウォッチング 神田上水・神田川散策マップ
江戸歴史ウォッチング 神田上水・神田川散策マップ 「江戸っ子は水道水で産湯を使い」とそれが江戸っ子の自慢だったそうだ。映画でみる庶民の長屋風景には井戸端が出てくるが、あれが掘り井戸ではなく水道の出口に当たる井戸だと知ったのは最近のことだ。 江戸の町に住む人たちの飲料水は水道により運ばれていたのだ。。 ...続きを見る

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2008/02/11 16:33
神田上水大洗堰址を訪ねる。
神田上水大洗堰址を訪ねる。 神田上水大洗堰址は江戸川公園内ある。江戸川公園といっても江戸川の流れに沿ってあるわけでない。江戸川橋から椿山荘の高台下まで神田川沿いに江戸川公園が広がっている。 ここ目白台下に江戸市内に給水する水道水の引き込み口があった大洗堰という。 外堀・神田川周辺散策 のフォローで5月9日に訪ねたものです。 ...続きを見る

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2007/07/18 23:59
外堀・神田川周辺散策
外堀・神田川周辺散策 江戸城の内堀と外堀は「の」の字になってつながっている。 江戸の人々の飲料水は水道水であった。 そんなことを最近になって知ったのだが まだ私の20代の頃に流行ったかぐや姫のヒット曲「神田川」 神田川がどこを流れているかもぼんやりしていて ただどうやら飯田橋近辺がこれらに密接に関連する地勢らしい。 そこでふらふらしてきました。 なるほどなるほど感心する発見がいくつもございました。 ...続きを見る

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2007/03/25 00:05

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