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土蜘蛛無残5 茨城のむかしむかし大昔22
土蜘蛛無残5 茨城のむかしむかし大昔22 当麻(たぎま)の郷 行方郡の郡庁地より東北15里ほどに当麻の郷に伝わる佐伯のこと 倭武天皇が巡幸の際、鳥日子という佐伯が命令に逆らった。このためにたちまちこれを殺された。車駕の通る道が狭くて凸凹した悪路だったためにこの地を当麻といっている。土地の人は悪路のことを「たぎたぎし」というからである。この地は土地はやせているが紫草が生えている。また、香取と香島の二つの神の子神の社がある。その周囲の山野にはイチイ、ハハソ、クリ、クヌギの林があり、イノシシ、サル、オオカミがたくさん棲んでいる。 ...続きを見る

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2006/08/11 12:09
土蜘蛛無残4 茨城のむかしむかし大昔21
この地の国巣に夜尺斯(ヤサカシ)、夜筑斯(ヤツクシ)となのる二人がいた。ふたりは一族を束ね、穴を掘って土窟を構え、ここに常住していた。官軍の動向を用心深くうかがい、身を潜め、守りは堅かった。 ...続きを見る

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2005/09/25 18:18
土蜘蛛無残3 茨城のむかしむかし大昔20
わが故郷の江戸崎町付近にはこの土蜘蛛族の悲惨な運命の舞台となっていた模様である。 これも『常陸国風土記』行方郡の章にある伝説なのだが大虐殺、ホロコーストである。 潮来、浮島、阿波崎など懐かしい地名が見られる。 ...続きを見る

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2005/09/24 20:49
土蜘蛛無残2 茨城のむかしむかし大昔19
能、歌舞伎にも「源頼光の鬼退治」の相手が土蜘蛛とされている作品がある。 能 流派により《土蜘》とも《土蜘蛛》とも書く。五番目物。鬼物。作者不明。シテは土蜘の精魂の鬼神。源頼光(らいこう)(ツレ)の館へ侍女の胡蝶(ツレ)が薬を持って帰って来る。頼光は重病で苦しんでいるのである。そこへ怪しげな僧(前ジテ)が現れて,頼光に蜘蛛の巣糸を投げかけるが,頼光の太刀先に傷を負い姿を消す。物音を聞いて駆けつけた独武者(ひとりむしや)(ワキ)は目ざとく血痕を見つけ,その跡をたどって怪物の行方を突きとめることにす ...続きを見る

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2005/09/24 03:20
土蜘蛛無残 茨城のむかしむかし大昔18
「昔のことだがこのあたりには国巣(くず)と呼ばれるものが住んでおった。都知久母(つちくも)とか夜都賀波岐(やつかはぎ)ともいわれ、山の佐伯、野の佐伯と名乗っていた。 こやつらは山腹のいたるとこに穴倉をほり、いつもはその穴の中で暮らしておって、人間が近づくとすぐに穴倉にかくれるが、遠ざかれば野原にでてきて遊ぶ。オオカミの性格、フクロウの情をもっていて、ネズミのように隙を窺って掠め取るわるさをし、だれからも招かれたりかわいがられたりすることがないから、ますます、土地の風習から隔たって孤立していた。 ...続きを見る

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2005/09/23 22:58
『常陸国風土記』にみる「茨城」の名前の由来2 茨城
sy地の古老はもう一つの「茨城」由来を語っている。 ...続きを見る

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2005/08/25 23:15
『常陸国風土記』に見る「茨城」の名前の由来  茨城
茨城郡(うばらきのこおり)は東には香島郡(かしまのこおり)南は佐我の流海(霞ヶ浦北部)西は筑波山、北は那珂郡(なかのこおり)に囲まれた一帯を言った。常陸国の国司が所在する国庁はここの石岡にあった。 ...続きを見る

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2005/08/23 23:14
司馬遼太郎も知らなかった芹沢「鴨」の由来 茨城のむかしむかし大昔15
司馬遼太郎も知らなかった芹沢「鴨」の由来 茨城のむかしむかし大昔15 『常陸国風土記』行方(なめかた)の郡 (倭武<ヤマトタケル>の天皇<スメラミコト>)更に御輿を巡らして現原<アラハラ>の丘にお行きになり………この地を行細<ナメクハシ>と言うべし」とおっしゃいました。このため後世に行方とよびならわします。その丘は見晴らしがよく天皇は現原となづけられました。この丘をお降りになって大益河<オオヤガワ>においでになり、船に乗って上りましたときに、棹梶<サオカジ>が折れてしまいました。そこでこの河を無梶河<カジナシガワ>と言います。ここはすなわち茨城・行方の郡の境に ...続きを見る

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2005/07/26 23:52
司馬遼太郎も知らなかった芹沢「鴨」の由来 茨城のむかしむかし大昔14
司馬遼太郎も知らなかった芹沢「鴨」の由来 茨城のむかしむかし大昔14 司馬遼太郎『新選組血風録』の「芹沢鴨の暗殺」にはこう書かれている。 この男の生地は、常州芹沢村である。郷士の子で、本名は木村継次といったらしい。芹沢鴨は、脱藩して風雲の中からの名であった。なぜ、鴨という奇妙な名をつけたのかはわからない。一字名をつけたのは、当時、いわゆる志士のあいだで流行していたからであろう。 司馬遼太郎はこのように「鴨」と自称した由来を「わからない」としている。芹沢は新選組の中でも凶暴な男として悪名だけは高いが、近藤、土方、沖田などと比べればはるかにインテリであって司馬が ...続きを見る

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2005/07/26 23:35
茨城のむかしむかし大昔13 来栖神社とヤマトタケル2
茨城のむかしむかし大昔13 来栖神社とヤマトタケル2 ★★★来栖宮司のお話★★★ ...続きを見る

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2005/07/01 14:53
茨城のむかしむかし大昔12 来栖神社とヤマトタケル
茨城のむかしむかし大昔12 来栖神社とヤマトタケル 笠間村の伝承にあった「来栖神社」 江戸崎の平右衛門家は苗字を「来栖」としていたところから、わたしとしては特別に興味をそそられたところです。そこでいちど来栖神社を詣でようと思い立ったのです。笠間市の観光協会に住所を尋ねたところ、この神社はあまり人も訪れないところで、宮司もいないし、観光地として登録がなく、したがって電話も住所もわからないとの回答にかえって好奇心をかきたてられました。 ...続きを見る

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2005/07/01 14:31
茨城のむかしむかし大昔11 笠間の伝承「来栖村」2
茨城のむかしむかし大昔11 笠間の伝承「来栖村」2 さてこの笠間村の伝承であるが、文字通り「伝承」であって文献はないものと思われる。このためいつごろから伝わるものかは明らかではない。 ところが私はたまたまであるが、播磨国風土記にこの伝承に酷似した次の記述を発見した。 ...続きを見る

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2005/06/30 22:46
茨城のむかしむかし大昔10 笠間の伝承「来栖村」
茨城のむかしむかし大昔10 笠間の伝承「来栖村」 茨城県に残る日本武尊伝説は『記紀』『常陸国風土記』には数多く見られたものの一般の民間伝承あるいは事跡としては不思議なほど少ないのである。しかし、ただ、笠間地方に古くからの言い伝えがあると聞いて、これを笠間のホームページで探し当てることができました。 ...続きを見る

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2005/05/30 19:22
「日本人なら一度は読んでみよう「古事記」」について
「日本人なら一度は読んでみよう「古事記」」について 「古事記」は皇国史観の基本にあるものとして戦後教育の場から遠ざけられた不幸があるのでしょうね。 何も難しく考えることなく、日本の神々もギリシャ神話の神々と同様に喜怒哀楽を人間と共通しているところが魅力的だと思います。 ...続きを見る

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2005/05/20 20:52
茨城のむかしむかし大昔9 セックスの祭典 筑波山の歌垣
茨城のむかしむかし大昔9 セックスの祭典 筑波山の歌垣 ★★★『歌垣』と呼ばれる饗宴の風習★★★ ...続きを見る

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2005/05/18 19:59
茨城のむかしむかし大昔8 富士よりもいい山だっぺ筑波山
茨城のむかしむかし大昔8 富士よりもいい山だっぺ筑波山 筑波山は江戸崎町の高台から望める子どものときからなじみのある山だ。昔は関東一円どこからでもよく見られたようだ。海抜800メートル程度の山に過ぎないが、広大な関東平野の地平が尽きるあたりに、そこだけがいきなり盛り上がって秀麗な山の姿を顕している。男山と女山、双つの嶺がぴったりと寄り添って見え、大地に横たわった巨大な女神の乳房にもみえる。まさに生産のシンボル、常陸国にふさわしい、豊饒の祈り山である。朝夕にその色を変えるところから「紫の山」・「紫峰」などといわれている。 ...続きを見る

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2005/05/10 12:49
茨城のむかしむかし大昔 その7 隠れ伝承 『橘花残影』
茨城のむかしむかし大昔 その7 隠れ伝承 『橘花残影』 橘花残影 ...続きを見る

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2005/05/04 19:42
茨城のむかしむかし大昔 その6 『常陸国風土記』  多珂郡に見るヤマトタケル
多珂の郡(こおり)には唯一、ヤマトタケルロマンがあります。 多珂の郡とは茨城県の現多賀郡のほぼ全域と日立市の一部を指します。 ...続きを見る

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2005/05/03 21:58
茨城のむかしむかし大昔 その5 『常陸国風土記』に見るヤマトタケル(倭武天皇)伝説-2
茨城のむかしむかし大昔 その5 『常陸国風土記』に見るヤマトタケル(倭武天皇)伝説-2 ☆☆☆ヤマトタケルに名前をつけてもらった土地が大変多いことがわかった☆☆☆ 江戸崎近辺でもヤマトタケルに名づけられたそのままにあるいは少し言い方を替えて、今に残る土地名がこれほどたくさんあるのには驚かされます。他の郡にもまだいくつかの記述がありますが退屈なので紹介は省略します。 ...続きを見る

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2005/05/02 23:42
茨城のむかしむかし大昔 その4 『常陸国風土記』に見るヤマトタケル(倭武天皇)伝説
茨城のむかしむかし大昔 その4 『常陸国風土記』に見るヤマトタケル(倭武天皇)伝説 ◆信太郡(しだのこほり)の章 なお信太郡はわが江戸崎町を含む現在の稲敷郡である。 倭武天皇(ヤマトタケルノスメラミコト)海辺に巡幸されまして、乗浜に行き至りました。時に濱の上に多く海苔を干していました。これからこのあたりをノリハマの村と名づけられました。 注 乗濱 稲敷郡の東端、霞ヶ浦に臨む古渡・阿波・伊崎付近の浦浜 ...続きを見る

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2005/04/27 01:09
茨城のむかしむかし大昔 その3 ヒタチと呼ぶは?
茨城のむかしむかし大昔 その3 ヒタチと呼ぶは? 豊穣の地 常陸国 (クリックで当時の地図を見ることができます) ...続きを見る

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2005/04/24 23:51
茨城のむかしむかし大昔 その2
茨城のむかしむかし大昔 その2 ★★★ヤマトタケルの常陸国における足跡★★★ ...続きを見る

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2005/04/23 16:42
茨城のむかしむかし大昔 その1
茨城のむかしむかし大昔 その1 私は茨城県江戸崎町に生まれた者です。還暦を越えたこの歳に至っておよそこの故郷周辺の古い歴史について、知識を持ち合わせていなかったことに気がつきました。それは私の実家筋来栖平右衛門家の過去帳を調べたことに始まる。そこでは戦国時代の江戸崎周辺の武将たちが私も知っている歴史の動乱に巻き込まれながら活き活きとうごめいているではないか。 ...続きを見る

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2005/04/22 00:44
2001年2月14日 坂東眞砂子 『狗神』
2001年2月14日 坂東眞砂子 『狗神』 民俗学的に言う「憑物」伝承を正確に消化し、現代農村によみがえらせたホラー。 ...続きを見る

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2005/01/13 23:36
2001年1月12日 古事記が面白い
2001年1月12日 古事記が面白い 今日のニュースで歌会始の模様を報道していました。いやぁずいぶんとながながしく語尾を引き伸ばして読み上げるもんですね。しかも朗々と。昔の高貴なかたがたはあの調子で、相聞の歌を取り交わしていたのかしら。そんなことを考えながら、阿刀田高の「楽しい古事記」を読み終えました。 いつもながら、神話世界のミステリアスな魅力を腹を抱えながら楽しむことができました。著者の独断で推理する解釈は、しかしながらよく勉強していると感心しながら、読者の想像を一層かきたてます。 恋をして歌を歌って、エッチして、子供を作 ...続きを見る

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2005/01/07 17:04
2000年6月4日 神話の世界もいいぞ
出雲地方を旅してきました。「神の国」発言で解散総選挙と騒然としているからではありません。書庫を整理していましたら、岩波少年文庫の「古事記物語」がでてきました(昭和32年の初版本、それにしても『少年文庫』出会って、『少年少女』ではない)。 これに興奮して、出雲の伝説にふれようと、初めての山陰旅行でしたが収穫は大変多かった。 ...続きを見る

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2004/11/24 22:51

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