極楽寺ヒビキ遺跡と黒岩重吾『ワカタケル大王』

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大臣(おおおみ)葛城円(つぶら)は雄略天皇に滅ぼされた。この遺跡が発見され学術的にも大きな話題をよんでいる。最近読んだ黒岩重吾『ワカタケル大王』ではワカタケル=雄略天皇が生涯最大の敵である大豪族・葛城円に奸計を用い、館を焼き討ちで攻め滅ぼすシーンが山場となっているが、下記のニュースによると短期間で焼失した痕跡があるらしい。古代史ロマンの第一人者とされた黒岩氏の歴史考証の研鑽の証しを見てあらためて感じ入った。。

2005年02月21日(月)(読売新聞)
古代大豪族・葛城氏の館跡…奈良・極楽寺遺跡で出土

 奈良県御所市の金剛山中腹にある極楽寺ヒビキ遺跡で、古代の大豪族・葛城氏が祭祀(さいし)や政治を行った「楼閣(高殿=たかどの)」とみられる古墳時代中期(5世紀前半)の大型建物跡などが出土したと、県立橿原考古学研究所が21日、発表した。

 奈良盆地を一望する標高240メートルの高台に、塀と濠(ほり)で厳重に囲んだ構造。古代豪族の中枢施設の全容が明らかになったのは全国でも初めてで、天皇家に比肩する権勢を誇った葛城氏の実像に迫る第一級の発見として注目される。

 建物跡は約15メートル四方の高床式。2階建てで、高さは約10メートルに達すると推定される。柱の直径は約40センチ、南と西に縁側を付けていたとみられる。建物跡の東に広場があり、これらは二重の塀と、石積みの護岸を設けた濠(幅15メートル)で囲まれ、南側には出入り用の渡り堤が築かれていた。

 葛城氏が支配した奈良盆地南西部はもちろん、大和朝廷の本拠地である同盆地南東部も見渡せる絶好の立地。敷地内は掃き清めた跡があり、祭祀に使う高杯も出土したことから、同研究所は「神への祈りや一族に号令を出す際の特別な施設だった」とみている。また、短期間で焼失した痕跡もあった。

 古墳時代中期の豪族居館跡は、群馬県群馬町の三ッ寺(1)遺跡などが知られるがいずれも平地に築かれており、高台の施設は、これまで見つかっていなかった。

 「日本書紀」などによると、葛城氏は中国に使者を送った仁徳天皇ら「倭の五王」と姻戚(いんせき)関係を結ぶことなどによって繁栄。仁徳天皇の皇后の父である葛城襲津彦(そつひこ)は軍事・外交に活躍したが、ひ孫の円(つぶら)が456年、雄略天皇に滅ぼされた。


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