03/09/02 ハリガネムシを見たことありますか? 吉村萬壱『ハリガネムシ』

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倫理担当高校教師の隠れていた暴力への欲望が突然はじけ出る。
読み進みながら子供の頃のハリガネムシの記憶が鮮明に浮かんだ。よく見かけた昆虫の中でもカマキリそのものですら長く細い体の下部にはいやらしくふくれた腹が、先には三角形の鋭角な小さな頭が乗り、その割に大きな目玉がぐるりぐるりと、鋭い口先をパクパクさせ、見るからに獰猛であり、その鎌を振る様は威嚇的であり、実際に私がなじんだ昆虫の中でもっとも醜い攻撃的虫けらであった。そのカマキリを踏みつぶす。緑色の体液に混じってくねくねと細長い針金状の寄生虫が腹からはじけ出るのである。文字通りはじけ出るのだ。カマキリの体長の10倍はあろうかと思われる、ネバネバと黒光りするその姿態は吐き気が出るほどグロテスクであって、どうしてこれだけ質量がこの小さな腹に納まっていたのかとゾッとし、もしかしたらカマキリはこの怪物によって支配され、動かされ、これまでの生を生きてきたのではないかと思われるほどの存在感を圧倒的にさらし、蠢いているのであった。

転落した果て、最低レベルの風俗店で働くソープ嬢。容姿、肉体は無様に、知性のかけらはなく、精神は粗野、人間にある尊厳を一切捨象した女が登場する。高校で倫理を教える<私>がこの女と同棲、人目をはばからぬ狂態の日常に、女を嫌悪し、己を嫌悪する。そして女が受けた或いは受ける暴力行為や自分の腕に刃物を当てるその傷跡にやがて己の内にすみついた暴力の種がはじけていく。そして<私>は自滅していく。

花村萬月の『二進法の犬』も暴力世界に魅せられ堕ちていくインテリを描いていた。がそのエネルギーの方向は対等の力を持つもの或いはより強い力を持つものへ向くベクトルであったが、ここでは逆に自分よりも弱いものへ向かう薄汚い暴力である。<私>はこの女を歯が折れるほど殴打する。あるいは裂けた傷口を縫い針で縫い、傷口を広げて指先でそこをこね回す。ラストは二人の痴態を目撃した若者集団により凄惨な暴行をうける立場に逆転するのだが、<私>の精神構造には怒りや屈辱という反作用はない、ただその暴力を自虐的に受けとめるのである。

<私>は堕ちていく。街娼になって死んでいく女たちを描いた桐野夏生の最新作に『グロテスク』がある。そこでは彼女たちの焦燥感をかきたてるものを社会の枠組みとして、堕ちていった理由はそれなりに示されていた。

ドメスティックバイオレンス、「キレル」若者の通り魔的殺人、メール交換心中これらが日常茶飯事で起こる。池田小学校における大量児童殺傷事件の犯人のふてぶてしさはつい先日目の当たりにした。現実の卑劣な社会現象なのだが、しかし、すべて動機がわからない、理解できない暴力沙汰ばかりである。過激なセックスシーン、暴力シーンがふんだんにあるこの作品、誤解してはならないだろう。作者の目は冷静である。弱いものに向けられる暴力の根元には得体の知れない魔物が潜んでいるのではないかと、現代社会の精神病状を淡々とのべているようで、実に不気味なリアル感がただよう。

そして子供心に残るあのおぞましいハリガネムシ………。このタイトル、言い得て妙である。


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この記事へのコメント

Bistrot DELICIOUS みほ
2005年08月20日 00:40
ほんとに小さな頃、近所の悪がきがかまきりの胴体をひっぱって千切り、ポイっと投げた所から、うじゃらうじゃらと出てきたような気がするのだけど・・泣きながら家に帰って父に聞いたら『ハリガネムシだろ』って教えられたんだけど、私の見たハリガネムシはぞよぞよとちっこいのがたっくさんでした。

http://ameblo.jp/yum-yum/

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