藤原伊織『テロリストのパラソル』忘れがたいこの名作をいま再読する

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空には轟音をたてて旋回するヘリコプター。屋上から降りそそぐ火焔ビン、投石。粉塵や地上からの催涙ガスと放水で周囲は白煙にけぶっていた。
1969年東大安田講堂。
会社に入ってようやく3年がたとうとする頃だった。
「ここまでいっちまったのか」
と市街戦さながらのテレビ映像をくいいるように見ていた。

1995年、この作品を読んだときには20数年前のこんな記憶にとらわれてしまったから、時の流れにあっても残されるものの重みが印象に残る名作だったとの思い入れだけで、傑作ミステリーとしてのポイントなど全く気にとめることがなかった。
最近になって藤原伊織氏が生存率20%の食道ガン発症で闘病中だと耳にしたことから、10年たってこの代表作を改めて味わってみたいと思った。
十年ひと昔と言うがふた昔ほどもまえの作品だと勘違いをしていて「携帯電話」が使われるところで、アレッと、勘違いに気がついた。私にとってこの十年は二十年に匹敵する密度があったからだろう。

島村圭介、新宿の場末のバーテン、飲んでいなければ手のふるえる重度のアル中、ときに西口地下道のホームレスと寝食を共にする<私>がウィスキーを飲みながら昼寝していた中央公園で無差別の爆破犯行に遭遇する。死者17名、負傷者46名の大惨事だった。死者の中には警察庁現職の幹部が含まれていた。なぜかその晩にはヤクザものの襲撃を受ける。

全共闘闘争の生き残り、1971年に起きた車爆弾事件で殺人罪、爆破物取締罰
則違反の容疑者として指名手配された逃亡者<私>に捜査の手が及ぶのは明らかだった。園堂優子、死者の中には姓が変わったが当時共に闘い、同棲していた女性が含まれていることを知る。
さらに桑野誠、同じ容疑から逃避行をつづけていた親友の名もあった。
あのときの三人が22年を経てその瞬間の中央公園に居合わせたのは偶然だったのだろうか。
読者を充分にワクワクさせる謎の提示であり、追いつ追われつのスリリングな展開、そして結末の意外性と、
申し分ない傑作のミステリーだった。

私はくたびれた中年のアル中にすぎない、あの時代は変色した写真のようなものだ。どこかにずっと眠っていた。それを引っ張り出す気になったことはない。けれどもいま、ふたりの死者がそれを揺り動かしている

だから昨日までの逃亡者のままでは生きている資格はなくなった。
二人の死者の墓標としてどこかにケジメだけはつけてやる。
またこれは第1級のハードボイルドでもあった。

そして結局、初読の印象そのものがこの作品の本物の値打ちであったと言いたい。
思考が一瞬停止し、それからいちどきにすべての光景が甦ってきた。私たち三人がすごした日々。それはなにかの痛みに似ていた。目を射る光のような痛みであり、懐かしい痛みのようでもあった。歳月は水のように流れた。私の無知をたどり、二十年以上を流れたのだ。

そしてホームレスのタツ、ハカセやヤクザの浅井などの脇役、ラストで姿を現す敵役の個性が際だつ。<私>たち三人とそれぞれの登場人物の過去と現在がたどられ、今があるその人生観がこの物語を深いところで完成させている。
たしかに時がたてば人は変わる。しかしそういったこの男こそ、それはいちばん似つかわしくないように思えた

だれもが「この男」にあてはまる人たちである。
それぞれにとっての人生だった。夕日に背を向けて歩いている。足下から自分の長い影が目の前にあってそれから目をそらすことはできない人たちなのだ。と私には思える。

読者の中に、自分にも似たような感傷があるなぁと、一瞬、ページをくる手が休むことになれば、この作品は単にエンターテインメントの傑作ミステリーにとどまらず、その人の記憶にいつまでも残る名作としてちょっと格上げしてもいい。

なお氏の新作『シリウスの道』が発刊されました。早速読んでみることにします。
氏が早く健康を取り戻し、お元気に執筆活動を再開されることを期待しています。


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シリウスの道
シリウスの道
posted with 簡単リンクくん at 2005. 6.15
藤原 伊織 / 藤原 伊織〔著〕
文芸春秋 (2005.6)
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この記事へのコメント

tujigiri
2005年06月27日 17:25

あわわわ。トラックバックが多重投稿されてしまいました。申し訳ありません。
内容が内容だけに、あらぬ誤解を招かないかと心配しております。
はじめまして。しがない書評ブログを始めたばかりの者です。
ちなみに僕は1976年生まれです。
じゅん
2005年09月25日 23:04
どうも、トラバ返し・コメントさせていただきにきましたー

確かに、自分は全共闘時代ではないですし、
そんなに詳しくも知らないので、
ぐっとくる感が少ないかもしれないですね。

それでも、オモシロカッタです!
他のも読んでみようと思います!!

にしても、藤原さん御病気なんですよね。。
じゃんじゃんオモシロイ作品を書いてもらいたいとこですが、
まず、病気に勝ってもらいたいもんですよね。
hide
2006年01月23日 17:53
はじめまして<(_ _)>先程はコメント&TBありがとうございました♪藤原さんの本は初めて読みましたがとっても面白かったです。安保闘争に全共闘・・私はテレビでしか見たことありませんが、熱い魂を感じました。今の私たちは自分達で何かを変えようっ!という気持ちが無いのかもしれませんね・・。
内容の充実したブログですね~☆また遊びに来ます♪あっ、「シリウスの道」も読んでみます=^-^=
ヨウヨウ
2006年02月25日 04:26
こんばんは、はじめまして。
本当に読み応えのある作品でしたね~
でも往時を知る方には深く熱く伝わるものがまた違った形である作品だったんだろうなぁ…と拝読して思いました。
藤原氏の御病気のこと、こちらで初めて知りました。元気になって欲しい…とファンは願うばかりですね。
トラックバックありがとうございます!

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