北方謙三『水滸伝』第八巻「青龍の章」宋江とはいかなる人物であるのか そのリーダーシップは

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青蓮寺は独竜岡に砦を築いた。梁山泊の拠点網のど真ん中。梁山泊の勢力を開封府、北京大名府、南京応天府とともに包囲し外から内から崩そうとする壮大な作戦が展開される。その中心が祝家荘であり、宋江を総帥とした梁山泊全軍を挙げてこれを攻撃するが………。
砦の内部はいたるところに迷路があり、周辺も含め殺傷用の罠が張り巡らされて、攻撃を待ち受ける構えを見せている。禁軍の宿元景率いる精強騎馬隊五千がこれに加わる。


読者としてはここで初めて、宋江の軍事戦略家としてのリーダーシップを期待するのである。しかし。
情報は集中し深慮はあるが独創の決断はしない。部下を根っから信頼しているが信頼する以上に作戦は丸投げ。丸投げのところだけはどこかの国の首相と似ている。命は惜しまず、結果の責任を取る豪胆さは掛け値なしなのだがとにかく部下任せなのだ。
攻めるか退くか肝腎なところで
「どうしますか、宋江殿?」
軍師呉用に尋ねられ、
「それはおまえたちが決めることであろう。呉用どうすればいいと思う?」
とこんな具合で読者から見るといかにも頼りがない。
これでは責任感ある呉用ら部下は悩んでしまうことがある。
ただ宋江は部下の悩みを聞いてやる。まるで心療医師のように彼らの潜在意識をあぶり出しその悩みを解決する的確なアドバイスをする名人なのだ。そして「替天行道」という抽象的観念の志に部下は心酔し、彼の人物は全幅の信頼を集める。旅の間にさまざまな経験をしてきた。
そこから考えても、自分が戦の指揮にむくとは思えなかった。できるのは、兵の心の中にある、勇気を奮い起こさせることだけだろう。
と述懐するリーダーである。まさにカリスマ。

一騎当千の親分たちが100人以上もいて勝手気ままに行動しても全体が合目的的に調和する組織ならばリーダーとはこんなものかと、いやぁうらやましいと眉につばをつけながらも思うのであります。
とにかく浪花節の世界なのである。梁山泊側は。一方の青蓮寺側の要人たちはアメとムチであまり有能とは思えない部下を上意下達で統率する。徹底した合理主義の世界に生きる男たちなのである。この対比が面白い。
われわれが今生きているのはどちらかといえば青蓮寺の世界なのでしょう。現実感覚としてはこちらにぴったりしたところが多い。だからこそ時には浪花節がいいなぁと忘れたものを思い出して梁山泊に郷愁を感じるのであろう。

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