最新刊です。北方謙三『水滸伝』第十八巻「乾坤の章」

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これが最終巻になるものと思っていたがどうやらもう一巻あるようだ。『原典水滸伝』に史実を加えれば第十九巻でおそらく梁山泊軍は壊滅するのであろう。ここではその最終戦争の一歩手前の攻防戦の輝きがみられ、緊張感ある戦闘シーンを堪能できる。黄河と梁山泊湖で繰り広げられる水軍の激突。要衝二竜山、攻防の末の落城。そして宋禁軍の元帥・童貫との総力戦のせめぎ合い。いずれも印象に残る名場面であった。
このところ多少うんざりする語り口が続いただけに、久々に興奮を覚える描写の連続を楽しむことができた。


本巻では梁山泊の隠し球・楊令が子午山を下って、いよいよ激闘に参列する。
ここであらためて子午山の王進と楊令について振り返っておくべきだろう。王進、元禁軍武術師範。高潔ゆえの冤罪から逃亡し、子午山深く老母と隠棲する。母思いの孝行者。108人の中ではないが梁山泊のシンパ。武術においてはおそらく登場人物のナンバーワン。豹子頭・林沖の師にして、粗暴な九紋竜・史進を男に育んだ人格者。兄嫁を犯し自殺に追いやったことで自己喪失の淵にあった武松の魂を救済する隠者である。悲運の少年楊令は青面獣・楊志に拾われ、しかしその楊志が青蓮寺の陰謀で非業の死を遂げる現場を目撃、人間の感情を失う。王進はトラウマの楊令を育てる。晴耕雨読、心を俗世間の外に遊ばせる隠者がその生活を通して人間を育て、しかも武術も鍛え上げる。その結果、秘蔵っ子・楊令は文武ともに古今無双で、人格者としても完成された。しかも魯達が死の間際に「替天行道」の精髄を注ぎ込んでいまや梁山泊そのものといえるまでに昇華した超人的存在である。この伏線があるだけに、戦場での戦ぶりは読者の高まった期待を充分に満足させる、さしずめ
「待ってました」
と声をかけたくなる華やかさで登場する。

この大河小説を通読して気づいたことだが、広域にわたって繰り広げられる集団の戦闘を俯瞰的に描写するところがいくつかある。軍学書に詳しくはない読み手がこれをイメージするとなると難しい。詳細であるほど臨場感がわいてこない。この効果は映像にはかなわない。北方のチャレンジ精神は評価するがしばらく退屈が続いたのはこのためもあるだろう。小説体ではやはり伝統的手法で、敵にしろ味方にしろスポットライトの中でヒーローが超人的技を披露し、勝敗を決するほうが迫力はあるようだ。実際の戦争はそんなものではないとわかっていても感情移入の効果も含めればこれが妥当なようである。そしてこの巻ではこれまで慣れ親しんできたヒーローたちが激闘の末に浪花節的感動でもって最期を遂げる。

アクションシーンだけではない。男女の交情、親子の情愛、子弟の薫陶など人情の色模様、さらに英雄・豪傑たちの義や信、誠に生きる男のつきあいの世界がこの巻で復活する。

じっくり腰を据えて本丸梁山泊の中枢にじわじわと攻め寄る童貫軍。絶体絶命の梁山泊。そして軍師呉用が仕掛ける乾坤一擲のはかりごと。この用意周到な「謀略」という妙味を味わうのも久しぶりだ。

要は北方『水滸伝』の大衆をワクワクさせる通俗の名調子がギュッと凝縮されているのである。

「替天行道の志が途切れないようにしておくのも、私の仕事だ」
軍師というよりも大戦略家である呉用は人知れず梁山泊壊滅を想定して、明日につなぐ道筋を模索している。
「北へ」
そして二人の若者、梁山泊・楊令と女真族・阿骨打の邂逅。
宋軍二十五万から再編された精強、童貫軍の八万が梁山泊四万に向かう。
ラストに向けて読み応え充分の一巻だ。

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この記事へのコメント

2005年08月12日 20:22
コメントとトラックバックありがとうございました。水滸伝は、北方謙三のが最初なのですが楽しく読んでいます。
水滸伝に関してかなりお詳しい様ですね。
まだまだ読み切れていない事に気づき、再読しようかと思い始めています。
他にも多々の本を読まれている様子。
今後の参考にさせていただきます。

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