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zoom RSS 宮部みゆき『孤宿の人』 これぞ宮部ワールドの感動生産装置

<<   作成日時 : 2006/01/06 23:39   >>

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これだけ肉厚の歴史的素材を集中させ、いよいよ宮部みゆきが本格時代小説に挑戦したと思わせる長編であったが………

讃岐国丸海藩。この地に幕府の罪人・加賀殿が流されてくることに。海うさぎが飛ぶ夏の嵐の日、加賀殿の所業をなぞるかのように不可解な毒死や怪異が小藩を襲う。
幕府の流罪人が災変を招き寄せる!?
新境地を拓く傑作の誕生!

知人から鳥居耀蔵をモデルにした作品と聞いていた。そしてこのキャッチコピーと物語のスタートにある緊迫感だ。天保の改革、蛮社の獄と幕府の存亡をかけた内部抗争の渦中にあって「妖怪」と呼ばれた鳥居耀蔵が讃岐丸亀藩にお預けの身となった。その晩年を軸に、地方小藩の混乱の中から庶民の慎ましやかな生活を垣間見る作品と期待したものだ。さらに日本古来の「御霊信仰」と四国に伝わる「狗神憑き伝承」を融合し生駒家のお家騒動などの史実も取り込んだかのような大構想と、そうであればまちがいなく宮部みゆきの新境地である。

加賀殿は「悪霊」だ。この疫病の蔓延、立てつづく天災は加賀殿の怨みだと領民は恐怖におののきその恐慌の大衆心理がさらなる惨事を招く。ポイントは一方で作者がストーリーの早い段階において加賀殿は生身の人間であり噂は創られたものだと読者に暗示しているところにある。これはホラー小説ではないよと。この素材を持って政争の具である人為的な風評が市民を混乱に陥れるプロセスを主軸にすれば、あるいは独自の解釈で鳥居耀蔵の晩年の実相を描くならば本格歴史小説にもなりえたでしょうが宮部はそうはしなかった。
そこはあとがきで宮部自身がことわりを入れていた。

この時代性やここの地方性を浮き彫りにしつつ政治事件を解明するミステリーかとも思ったがそうでもなさそうだ。なにしろ読んでいて「意表をつく展開」はほとんどなく作者は「展開」の前にあらかじめ噛み砕いて説明してしまうからだ。ひどく間延びしている。

主要登場人物の人間像がぼんやりしている。舞台は階級社会であるのだろうが領主も武士も一般庶民もおしなべて日常の繰り返しのままで平穏を感じられる暮らしぶりにあり、この迷惑な椿事を無難に乗り切ろうと右往左往する善意の人たち。それだけでしかない人間が寄せ集まっている小社会なのだな。これは時代小説の世界でもない「時代」に名を借りた観念世界なのだ。

阿呆の『ほう』と親から名づけられるぐらいに薄幸だった少女。彼女もいまは信望の厚い温厚な藩おかかえの名医一家に救われ、のびのびと幸せな生活をしている。
涸滝の幽閉屋敷に下女として住み込むことになった少女ほう
丸海藩の内紛が起こるなか、悪霊と恐れられた男と無垢な少女の魂の触れ合いが………
哀切の結末、少女ほうの叫びが雷雨を切り裂く!

下巻のキャッチコピーを上巻のとあわせればその筋書きと作者の狙いはおよそ見当がつく。

最近の宮部ワールドといわれる世界がこれか。宮部はここで「無垢」「純真」「素直」の美をこの少女に託して純粋に摘み出してみせた。「善人」同士ですら善をなそうとして他人に働きかければどこかに悪業が残るものだ。それが「大人の世界」というものだろう。そしてそれは本当の「善」なのだろうかと宮部は語りかけている。無為=作為なく天然の理に身をあそばせるところに善悪を超越した完全美があるとそんな世界観を言いたいのだろう。そして少女ほう阿呆のほうではなく至宝のほうとマリアに抱かれた赤子のように昇華してみせる。
「心を揺さぶる感動巨編!」
と。

最近、感動症候群という言葉がある。本物の感動の味がわからない人たちにはなにがなんでもと「感動」を求めてやまない情動があるのだそうだ。そのニーズにこたえる感動生産装置の映画や小説がヒットするという。大人の世界で汚れきっている不感症の私にとってはこうした抽象世界でこのレベルの感動を強要されてもあきれかえるのがオチなのだが………。
宮部みゆきのたいがいの作品は読んでいるのだからあえて苦言をていしてもよかろう。きれいごとで現実回避した宮部ワールドはもういいよ。現実世界へ回帰したらどうか。『火車』『理由』『模倣犯』、あの泥まみれの世界へと。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
今晩は、ラクダです。
私は個人的にも、史上的にも、
この作品のモデルとなっている
鳥居耀蔵の事が大嫌いですから、
この作品を評価しません。
こいつが、町奉行になるまで、
渡辺崋山と高野長英といった蘭学者の
優秀な人材が失ったことですか、
その結果、ペリー提督の来航の際ろくな対策も
とれず、幕府崩壊の要因なったのも言うまでも、
ないでしょう。現に宮部みゆき先生も、
「この作品を描きたくない」とおっしゃてましたね。
(恐らく、「鳥居耀蔵の悪人のクズを称賛の
小説を描くとは何事か」という抗議の手紙が届いたの
でしょう)
鳥居耀蔵は、元祖ジョン・エトガー・フーバー
FBI長官と評しています。
なぜなら、鳥居耀蔵とフーバー長官の手本となってる
部分がいっぱいありますから。
ラクダ
2018/09/05 20:40

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