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zoom RSS ローリー・リン・ドラモンド 『あなたに不利な証拠として』この不条理に耐えられるか。

<<   作成日時 : 2006/06/12 12:57   >>

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著者は警察官の経験があると訳者あとがきで紹介されているが、これはまさしく警察小説である。ただし、かなり異色だ。五人の女性警察官が一人称で語る短編集だが、事件そのものの不可解性よりも人間性に共通して潜むマイナスベクトルを丹念に時には残酷に切り開いてみせる。そしてそれもまた不可解のままに放置される。

あとがきを先の読むことは一般的には興をそぐものだが、本作品では簡明な「訳者あとがき」、名文である、読んでおいた方がベターだと思われる。「あなたに不利な証拠として」、このタイトルはなんだと、たいがいの日本人はピンとこないだろう。ただアメリカ人の場合誰でも知っていそうな警察官のセリフなのだ。
原題『Anything You Say Can and Will Be Used Against You』はアメリカの警察官が犯人逮捕の際に告知を義務づけられている
「あなたには黙秘する権利がある」
(You have the right to remain silent)
の後に続く言葉で
「あなたの発言は法廷で不利な証拠として扱われる可能性がある」
(Anything you say can and will be used against you in a court of law)
からの引用句なのだそうだ。
訳者あとがきは
「この被疑者保護の精神と、すさまじい事件現場との皮肉なねじれが、本書の基調となっている」
と解説しているがこの解説は本著の狙いを過不足なく表現している。

お互いに銃器をもったもの同士、凶悪犯を拘束する現場は狂気の修羅場にあるのだから、法と正義の宣告なんて口に出す側も聞かされる側も何も意味を持たない実に滑稽な形式に過ぎない。人間の知性や理性が作り出した社会法則なんて極限状況では無力なのだ、そしてその不条理の中で生きているのが人間なのだと作者は全編を通して語っている。

第一編の「キャサリン」が素晴らしい。平穏な日常生活を送る婦人警察官が垣間見せる犯人射殺の後遺症。拘束現場の凄まじいストレス。優しさあふれる老婦人との近所づきあいがあって、事件の前後で対応が微細に変化したその老婦人を観察する神経質な彼女の視線。幼い日の花や木や草の懐かしい香りに対比される拭っても拭いきれない死臭。指や耳や目や鼻の感覚が事件現場用にならされてしまっていることに気がつく時のとまどい。幼なじみで遊んだ隣の姉妹に対する親の虐待と彼女たちのたどった悲惨な運命。そして伝説的英雄であった女警察官が思いがけなく見せる暗い性癖などなど。この物語のエッセンスがギュッと詰まっている。

読者はこの明暗、それはむしろ輝かしいところから見たより深い昏さなのだが、を感覚的に受け取り、自分のどこかに共通しているなにものかを感じながら、この世界にのめり込むことになる。

ラストの第五編「サラ」が秀逸であった。こうした救いのない煉獄エピソードを積み重ねた短編集であるかのようにみせて、著者は著者らしい感性をもって締めくくる。それは一種の「救済」である。女警察官の「わたし」はこの法と正義と秩序が貫徹しているかのように見える現代から逃避する。逃げて逃げて、そこは唯一神の存在しない、まだ呪術的信仰がのこる村落共同体であった。老女が逃亡者に語る、不条理のままに生きよと。千金の重みでそれは読者の心を揺さぶるであろう。

実は本編ではこの語りがスペイン語で書かれている。だから「訳者あとがき」の解説がなければ多くの読者は気づかないかもしれないのだが。
「多くのことを知っているつもりでも、本当は少ししか知らない。何もかもわかっているものなどいないと理解するまで、幸せには生きられない。自分が強いとうぬぼれてはならない。人はみずからの弱さを抱きしめるとき、強くなれる」

読み終わってふと居間のテレビをみたらNHK「あの人と会いたい」に遠藤周作の遺影があった。
「私の人生は薄汚いみじめな人生だった。だからよかった。満足できる人生なんてつまらないものだ」と。
特異なキリスト者・遠藤周作は人間性の本源にある「やさしさ」でもってこう語っているのだろう。

老女は人間社会の根源にある「みじめさ」でもって同じようなことを語っているのかもしれない。


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「あなたに不利な証拠として」(ローリー・リン・ドラモンド/早川書房)
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びぶりおふぃりあ
2006/07/09 02:54
『あなたに不利な証拠として』
ローリー・リン・ドラモンド/著、 駒月 雅子/訳 あなたに不利な証拠として ...続きを見る
本だけ読んで暮らせたら
2006/08/12 13:33
警察小説の傑作短編  ローリー・リン ドラモンド著「あなたに不利な証拠として」
カズオ・イシグロの「わたしを離さないで 」のあまりの素晴らしさの感動とその余韻がさめやらない今日この頃・・・・。 ...続きを見る
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2006/08/14 23:08
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2008/05/06 10:44

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
ディックさんのところから辿ってきました。

老婆の言葉は、読んだ後数日してからジワジワ沁みてきました。
nanika
URL
2006/06/15 22:23
よっちゃんさん、こんばんは!TBさせて頂きましたが、認証待ちですか?
この作品、本当によかったです。この重い題材を、非常に詩的な文章で書きあげてあるところに、惹かれました。私と同じく、老婆の最後の文章をあげてらっしゃって、うれしくなりました。この言葉の深さがわかるほどには、私も人生を重ねたんだな、と感慨深いものがありました。
ERI
2006/07/09 20:36
TBさせていただきました。
女性警官の苦悩と苛立ち。
堪能しました。
タウム
URL
2006/08/14 23:09

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