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zoom RSS 藤原伊織 『名残り火 てのひらの闇U』 あの堀江雅之はもう帰ってこない。

<<   作成日時 : 2007/10/26 11:57   >>

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2007年5月17日に逝去された藤原伊織氏の遺作である。2002年から2005年まで別冊文芸春秋に連載されたもので連載終了後、全38章中第8章までは著者が加筆、改稿作業を完了していた経緯のある遺稿だそうだ。氏の食道ガン発症を知ったのは2005年5月だった。5年生存率20%と告知された「ファンキーなじじい」は復活を切望した私達の期待むなしく2年の闘病生活を送って逝ってしまった。
私より4歳若いとはいえまずは同世代といえる。世代を共有してきたものとして1996年、江戸川乱歩賞、直木賞を受賞した『テロリストのパラソル』を読んで、著者と一体になったかのような郷愁がかきたてられた。その濃厚な味わいが長く心にとどまる作品だった。そして1999年11月に読んだのが、急速なバランスシートの悪化、株価の急落、空前のリストラ、吸収合併の混乱にある企業を背景にした『てのひらの闇』である。

氏は2002年まで電通に勤務するサラリーマンである。わたしも同様にサラリーマンだった。そして当時、私の勤務する会社がまさに作品と相似形の危機的状況にあったから仕事の合間に読んだものの氏の企業社会をとらえる視点の確かさに目を見張った。当時、企業を単純に悪とすれば売れる類型的な暴露ものの企業小説が溢れていたが『てのひらの闇』はそうではなかった。そんなこともあってこの作品に体全体が引き寄せられる思いだった。1999年、私は当時率直なところで次のような所感を綴った。
今、民間企業はそのものが、これまでの延長線上に明日はないという窮状に置かれている。加えて、私達の年代は長いサラリーマン人生の終着点に立たされている。二重の意味で先が見えない。あるいは先がない。年老いた親がいる、独立できない子供がいる、ローンも残っているな、いつ転職か、解雇か、出向かと思い巡らし、寿命だけは無限にあるような気がしている。過去を振り返りその軌跡を自らの責任で評価するそうした崖っぷちに立っているのである。崖っぷちでこそ自信を持って自らの軌跡を評価できる美学を持ちたい。と、こういう人は多いんじゃないかしら。そういう人にぜひ勧めたい作品です。
 『名残り火 てのひらの闇U』はこの激変による新陳代謝があった後の経済社会を舞台にしている。その後、私自身がこうなった………吸収合併、リストラ、会社の名前も変わり、子会社への転出、退職。当時の仲間たち、いや全国の同年代のサラリーマンの多くは遅かれ早かれそうなる運命にあったと思う。思いもかけず、逆境に陥った職場・生活の環境の変化を経験して「名残り火」の今がある。熱かった時代を懐かしいと振り返るほどお人よしではないが、さりとてそれを忘れ去ったならばおそらく自分はなくなってしまうのだろう。だから燃え残りに生きることなのだ。『名残り火 てのひらの闇U』をこんな心境で読めることは望外の喜びだった。

いまはないタイケイ食料宣伝部の元課長、主人公・堀江雅之は企業相手のよろず企画屋に転じた。かつての無二の親友、タイケイ食料の元取締役柿島隆志は流通業界で有数の企業集団・メイマートグループの常務として華麗な転進を遂げた。その柿島が殺害される。流通業界にメスを入れる著者の筆力は相変わらずの冴えを見せる。そしてあの個性的脇役、大原真里、スナック・ブルーノのナミちゃんとその弟のマイク、ナミちゃんの愛車ドゥカティまでが登場し前編と同じく堀江を裏表で支える。坂崎大吾は登場するのだろうかとわくわくするのもいい。ただ、『てのひらの闇』で描かれた堀江を含めこれらの強烈な個性のいきさつはかなり省略されている。この作品を読むのなら、まず『てのひらの闇』を読んでおくべきでしょう。

競争社会の冷徹な論理、そこで真剣に生きるがために葛藤をかかえる経営者や仕事師のサラリーマン、そして男と女の愛憎が描かれる。さらに強い絆で結ばれた人たちがいて、利害や善悪をこえてその厚誼に殉じようとする人情模様がある。流れるような美しい文体によっていやおうなく哀しさ切なさをかきたてられる。
こうした感傷を含めて『てのひらの闇』と『名残り火 てのひらの闇U』。この二つの作品は基本的なところが共通していて、時間軸だけを移動させた同心円のようだ。ただし代わり映えがしないとされてもそれで作品の価値が変わることはない。
時間軸は3年の違いを設定してあるが、私には10年の距離に思える。堀江雅之の内面にそれだけの加齢がうかがえるからだ。そして『てのひらの闇』の冒頭は六本木の夜明けだった。堀江には前にすすむエネルギーがあった。この作品がシリーズ化することを予感させるように生命力が輝いたエンディングだった。だが『名残り火 てのひらの闇U』はそうではない。冒頭は落ちていく夕陽とつめたい風で日暮れる新宿である。そして燃え尽きようとする炎がそのあたたかさを惜しむかのようなラストがあった。

私だけがそうおもうのだろうか。名残り火の世代だから………なのだろうか。堀江雅之がわれわれの前に姿を現すことはもうないのだと気づけば、だれもが読み終えた時に同じような深い憂愁を胸に抱くに違いない。

あらためて藤原伊織氏のご冥福をお祈りいたします。

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