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zoom RSS ドン・ウィンズロウ 『犬の力』  メキシコ麻薬戦争にある巨大な暴力戦略と無惨な復讐の連鎖に驚愕する

<<   作成日時 : 2010/03/12 17:11   >>

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物語はつい最近、1975年から2004年まで。
メキシコを中心とした30年に及ぶ壮絶な麻薬戦争を時には登場人物の内面をえぐり、時にはアメリカの対中南米戦略を俯瞰しながら詳細に描きだしている。凄惨な暴力の連続シーンにまず度肝を抜かれる。最近読んだトム・ロブ・スミス『チャイルド44』、スティーグ・ラーソン『ミレニアム・シリーズ』のそれにも参ったが、どこまで過激になるのだろうかと、これは桁外れだ。
マフィア小説ではマリオ・プーゾ『ゴッド・ファーザー』がマフィア側から見た抗争として記憶に残る作品だったし、エル・ロイの捜査側から見る作品群も面白かった。この作品は人間がもつノワール(マリオ・プーゾ)と国家に潜むノワール(エル・ロイ)が合体され、その黒いエネルギーの熱量には今まで読んだこの種のどの小説よりも圧倒された。
ギャング映画もずいぶん観ている。ただあの派手な銃撃戦はかなり昔の出来事だった。この小説を読んでいて一般市民を巻き込むこんな惨劇がまさか今の時代にあるはずがないとなんども思ったことだ。知らなかったとは言え、これがつい最近の中南米の事情らしいとギョッとした。

実は外務省の海外治安情報をみるとなるほど、慎ましくもこんな分析がなされている。
2010/02/08 外務省情報
メキシコでは、カルデロン大統領の就任以降、麻薬等犯罪組織の取締りに力を入れる治安当局と、これに対抗する犯罪組織との衝突・報復に加え、犯罪組織間の抗争等が発生しており、特に北部国境地帯の治安が悪化しています。報道によれば2009年における麻薬組織関係の殺人被害者は7,724人に上っており、特に、チワワ州フアレス市においてはこのうち2,500人以上の被害が発生し、治安当局の犠牲者や民間人の巻き添え被害も発生しています。
治安の悪化は、特に、バハ・カリフォリニア州ティファナ市、チワワ州フアレス市、シナロア州クリアカン市等において顕著で、これら都市では、殺人事件の被害者が一週間で10人を超えることも珍しくなく、警察官等治安当局関係者の犠牲者も多数出ています。これに伴い、治安一般も悪化し、これらの都市を中心に、誘拐、強盗、窃盗等の事件も多発しており、これら都市への渡航、滞在は十分な注意が必要です。

麻薬戦争とあるが、これは国際的麻薬マフィア同士のビッグスケールの抗争ではないのだ。これはまさしく「戦争」という言葉がふさわしい。重火器や戦闘能力の規模も武装ゲリラ部隊並みなのだが、そうではなく、実は国家が戦略としてこの事態に深くかかわっていることから、戦争にちがいないのだ。

アメリカ麻薬取締局(元CIAの局員が大半を占める)の特別捜査官、アート・ケラーはベトナム戦争で諜報活動の戦士であった。1975年メキシコ西部シナロアのケシ農園でメキシコ兵一万、メキシコ連邦保安局の数個大隊によるヘロイン原料の掃討作戦が遂行される。アメリカ麻薬取締局の顧問団の一人としてアートは参加している。シナロア州の麻薬の総元締めドン・ペドロへの頂上作戦は成功する。「顧問」という名のもとにメキシコ人同士に戦争をさせる。つまり、アメリカの麻薬戦争がメキシコで戦線を開いたということだ。メキシコ側の作戦のリーダーはミゲル・バレーラ。州知事特別顧問の警察官である。これまでもアートはミゲル・バレーラから提供される情報により麻薬ルートをつぶし、いくつもの実績を積み上げている。ところがミゲル・バレーラとケラーの蜜月関係はまもなく宿敵関係へと様変わりする。ミゲルはドン・ペドロなし得なかった強大な麻薬シンジケートの新たなボスとして君臨することになるからだ。ミゲル・バレーラはその息子アダンとラウルとともに既成の麻薬組織に流血の戦いを挑み着実にマーケットを手中におさめていく。
ここまでは物語のほんのスタートに過ぎない。ケラーとバレーラ一家との怨念の戦いがここから始まる。

プロ同士の非情な殺し合いとして一貫させるならば単純にゲーム感覚で痛快に読むことができるのだが、幾人もの主役格の登場人物の人間がよく描かれて、凶悪としてかたづけがたい魅力があるものだから、残酷にして悲劇の人間ドラマとしても重厚な読み応えがある。愛するものがいる。愛すべき仲間がいる。その愛の対象が惨殺される。あるいは決定的に裏切られる。かけがえのない人であればあるほどその復讐は苛烈を極める。愛と憎しみ、人間の持つ根源的獣性がむきだしにされていく。「犬の力」とはこれか。まさかそこまではと読んでいて戸惑うのだが、予想をこえるすさまじいシーンが………。復讐の無限連鎖ストーリーといってもいい。しかも多くは偽の情報による巧妙に仕組まれたシナリオに踊らされている復讐劇場で、殺られる人物も殺る人物も謀略という演出家の犠牲者であるから無惨としかいいようがない。

南メキシコのサパティスタ民族解放戦線、コロンビアの反政府革命組織FARC、グアテマラ、エルサルバドル。麻薬戦争の火種と戦火は中南米全域に拡大しているようだ。そして中国人民軍。さらにはローマ教皇庁にまで拡散する。敵か味方か、混迷のままにひたすら麻薬撲滅に命を掛けたアート・ケラーは一体誰を敵として戦ってきたのだろうか。
やがて真の敵が姿をあらわす。

と書けばいかにも荒唐無稽なスパイ冒険小説と誤解されそうだ。「赤い霧作戦」???実際、ここでもまた私は、まさかこんなことを!と、眉に唾したいところである。
だが、もしかしたらそうなのかもしれないと思わせるところは迫真のドキュメンタリータッチが成功しているからだろう。

いやぁ、すごい小説だった。

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