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zoom RSS ロジャー・スミス 『血のケープタウン』 アパルトヘイト廃止後の南アの悲惨を寓話的に語る

<<   作成日時 : 2010/09/09 23:48   >>

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私は暴力や殺人を前面にした過激な小説とつきあいが悪いほうではない。日経紙にあった「南ア舞台、生々しい悪の暗闘」で賞賛されていたものだからついつい手に取ったのだが、ここまでレベルの低い殺し合いだとは思わなかった。南アフリカ共和国をほとんど知らないものにとってはこの国は殺人、強盗、性犯罪者と売春婦に麻薬常習者あるいは精神異常のホームレスが充満した無法地帯だと思いたくなってもおかしくない世界が展開される。

ジャック・バーン アメリカ人。
アメリカでギャングの銀行襲撃に加わり200万ドルを独り占めした最重要指名手配犯。妻と息子とともにケープタウンに高飛びし、身を潜めている。ケープタウンのギャング団アメリカンズのチンピラ二人に押し入られ、彼らを殺害する。

ベニー・マングレル 生まれてすぐゴミ捨て場に捨てられたいわゆるカラード。
元ギャング団マングレスの第一級人殺しと一目置かれていた男。つましく生きようとする彼はこの事件を目撃しても無関心を通すつもりでいる。しかし愛犬を警官・ルディに殺され、ルディへの復讐にこの事件を利用しようと考える。

ルディ・バーナード ボーア人(アフリカーナとも呼ばれる白人)。
威嚇と脅迫、暴力と人殺し、圧倒する恐怖でこの地区を牛耳る凶悪警官。バーンの殺人をネタに彼から現金を脅し取ろうとあくどい手段でバーンの妻子を恐怖に陥れる。この物語の中心人物である。

ディザスター・ゾンディ ズール族に属する黒人。
内務省公安局の特別捜査官。権力や金にまったく無関心の病的正義漢。浅からぬ因縁のルディを破滅させるためにケープタウンに乗り込んだ。

登場人物で普通の人はバーンの妻とその息子だけ。
中心の四人はこれまでも何人もの人を殺傷してきたいわば殺しのプロである。それも腕に止まっている蚊をたたき殺す程度の感覚で殺人をする。特に主役といえる警官のルディにいたっては叩き潰した蚊と飛び散った血汁をぺろりとして、ニンマリと舌なめずりをするように人殺しを楽しんでいる人物なのだ。

こういう人物たちが過激な暴力を繰り返すだけのお話………のように思えてただ不快な印象でしかなかったのだが。
「訳者あとがき」にヨハネスブルグ生まれ、ケープタウン在住の著者ロジャー・スミスとこの作品誕生のバックグラウンドに触れた箇所があった。南アのアパルトヘイトについては表面的な知識はあった。「血のケープタウン」は「流血のケープタウン」ではない。原題の「MIXED BLOOD」が単なる「混血」ではなさそうだ。そんなこんなで知識をもたない私としてはこの際いくらかでも南アフリカ共和国を理解したいと思ったのだ。

17世紀、大量のオランダ人移民の入植でケープ植民地が成立する。しかし19世紀には鉱物資源に目をつけたイギリスの支配下におかれた。外務省統計によれば南アフリカ共和国の人種構成は 黒人(79%)、白人(9.6%)、カラード(8.9%)、アジア系(2.5%)である。そして白人は土地の90%近くを占有しているという。

南アフリカは極端な人種差別を国家の制度としていた国であることはよく知られている。
しかも多層階級からなり差別の構造も複雑である。
まず白人同士での対立の構図がある。白人の中で60%がアフリカーナ(ボーア人とも言った)と呼ばれる人種であり、40%がイギリス系白人。アフリカーナと読んでもアフリカ人のこと指すものではない。アフリカーナとは南アフリカ共和国の住民を構成する人種の一つで17世紀にオランダからケープ地方に入植したオランダ移民の子孫である。入植初期の苦闘とイギリスとのボーア戦争に敗北し二流の白人となった苦い経験からアフリカーナーは一種のナショナリズムを抱くにいたった。さらにキリスト教思想が選民意識を増長し、アパルトヘイトという人種隔離政策を推し進めた当事者である。本著の主役・警官ルディがアフリカーナーであることに注目したい。
カラードもまたは南アフリカ共和国の住民を構成する人種の一つである。オランダ移民と先住黒人やアジア人の奴隷の混血で、何代も混血を重ねてきたため、肌の色や毛髪は白人と違わない白い肌や金髪から、黒い肌で縮毛まで、身体の形質はたいへん複雑である。宗教もキリスト教であり、白人社会に溶け込んできたが、アフリカーナが進めたアパルトヘイトはカラードも迫害の対象とした。物語の舞台、旧ケープ州の人口509万(1980)の構成は、白人人口126万に対し、カラード223万、黒人157万、アジア人3万で、カラードが最多数を占めている。この物語のもう一人の主役ベニー・マングレルはカラードである。警官ルディはアフリカーナであり、互いに憎しみ合う因果の根源はここにある。
そして人口の79%を占め差別階層の底辺を占める黒人を代表するのが警官ルディに敵対する特別捜査官ディザスター・ゾンディである。

アフリカーナもカラードも厳密な意味では人種ではない。人為的制度的に作り上げられた身分である。「MIXED BLOOD」。相互の憎しみが何代にもわたる間に濃縮された血脈となって、現代に至っているのだろう。このような背景を知ると単なる低レベルの殺し合いを描いただけの小説ではなくなり、趣を変えた味わいが生まれてくる。

アパルトヘイトは政治・経済・社会のあらゆる面で非白人を差別していた。非白人には参政権がなく労働組合や団体交渉権はない。居住地は隔離され、また人種間の婚姻は禁止された。教育も差別された。
その差別の主要な目的は、白人労働者を保護し、黒人の安価な労働力を確保することにあって、ひどい制度であったが、この国の経済発展の基礎構造だった。この秩序が1990年頃に廃止された。だからといって差別なき理想的社会がすぐに実現するものではない。むしろ新たな混乱が生じる。特権から脱落したのがルディの退廃ぶりか、最下層からの成り上がりがゾンディか………などと。

この作品はアパルトヘイト後に到来した無秩序社会、その混迷を冷酷に表現した現代の寓話である。

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