高野和明 『ジェノサイド』 人類滅亡の危機を救うのは最強国アメリカか?超大型のバイオレンスSF

冤罪の死刑囚を取り上げた『13階段』が記憶に残る作品だったが、まさか高野和明がこれほどの大型エンタテインメントを書けるとは思わなかった。うっとうしいこの夏のひととき地球規模で繰り広げられる恐怖と冒険の物語に度肝を抜かれて絶好の暑気払いをしよう。
読者にこれだけの面白さをアピールするには飾り帯の紹介では舌足らずなのだが………
急死したはずの父親から送られてきた一通のメール、それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じころ、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病(肺胞上皮細胞硬化症)に冒されていた息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、『人類全体に奉仕する仕事』ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが………。
父の遺志を継ぐ大学院生と、一人息子のために戦い続ける傭兵。交わるはずのない二人の人生が交差する時、驚愕の事実が明らかになる。それは、アメリカの情報機関が察知した、人類滅亡の危機―――
「人類滅亡の危機」を察知したアメリカは大統領直轄のグループ、諜報機関、謀略機関、軍部中枢が総動員で、「それ」に立ち向かう。そしてこの機密を知るもの、この作戦を妨害するものに対しては抹殺も辞さずとの強硬手段だ。地球上のあらゆる電磁情報を瞬時に手にすることができるのが彼等である。
ところで肝心なことだが、この前提は数年前なら空想科学小説の世界であり、現実ではありえない設定だった。しかし現在では「もしかしたら」というところでこの物語を迫力あるものにしているのだ。
謎めいたスタートダッシュがいい。
その謎が惜しげもなく、次々と明らかにされる疾走感がいい。
ラストがどうなるのか、これが最後の最後まで読者を安心できなくさせているのがいい。
古賀研人の父から引き継いだ難病治療(肺胞上皮細胞硬化症)の新薬開発もどうやらこれに関わるらしい。まもなく死亡する子どもの命を救うため新薬完成までのタイムリミットはギリギリ。アメリカとそれに協力する日本公安は拉致、拷問、抹殺までを含む包囲網で彼に迫る。その阻止作戦の目を潜り彼は密かに実験を繰り返すのだが………。
ハードSFというジャンルがあるが、先端の創薬テクノロジーがここで披露される。かなり説得力のある物理化学手法の薀蓄が無理なくストーリーに溶け込んで迫真の創薬プロセスがスリリングに展開される。
高野和明、ただものではない。
コンゴ民主共和国の奥地、大国の利権が絡む内乱で部族同士の殺戮が日常化している。地獄のジャングルに潜入し、新種ウイルスに感染したピグミー族のグループを抹殺する。これが戦闘のプロ、イエーガーたち4人に与えられたミッションではあるが………。やがて彼等はアメリカに裏切られ逆に抹殺される対象になったことを知る。軍事衛星で彼等を監視し、周囲の戦闘部隊に的確に指示を与えることのできる強大なアメリカを敵とし、彼等の逃避行、アフリカ脱出劇がはじまる。
ここからはハードバイオレンスの大型冒険活劇であり、危機また危機の常道といえるが、彼等もアメリカが気づかない恐るべき「強さ」を確保しているのであり、勝つか負けるか拮抗した包囲突破、活劇シーンの連続にうれしくなる。
久しぶりだな、こんな楽しみ方のできた小説は。
「人類滅亡の危機」をもたらすものはなにか。この作品はSF小説でもある。映画では気候・地殻変動や隕石落下などの自然現象、宇宙人、宇宙怪獣、エイリアン、ウィルスなど地球外生命体、突然変異の生命体、コンピューターの機械的知能体など、それがもたらすパニックを見せ場にしたものはいまでもヒットする。私の大好きな分野だ。
ただし、小説であれば娯楽性だけではなく大人をうならせる作者の強いメッセージがあれば、なお良いと思う。
過去には故・小松左京の『日本沈没』が懐かしい。最近読んだフランク・シェッツイング 『深海のYrr(イール)』はスケールといい、テーマといい人類絶滅の序曲とも言えるこの作品と共通するものがあった。
ジェノサイドとは国際法規にも定義があるように単なる「大虐殺」ではない。ここでは、ある特定の人種・民族・宗教集団を意図的に計画的に根絶やしにしようとする殺戮行為として使われている。だからターゲットの重点に女・子どもが含まれる。
そして1994年に発生したルワンダ大虐殺が生々しく紹介されている。フツ族の政権が煽動したフツ族によるツチ族の抹殺。百日間という短期間に人口の一割、ツチ族と穏健派のフツ族、ツチ族とみなされた一般人、80万人以上が殺された。
その方法が凄まじい。
殺害者の多くは隣人や同じ村の住人。棍棒と山刀による殺害。虐殺に参加しないものは虐殺される。殺害される前の略奪、性的攻撃、強姦、拷問。手足切断の拷問。その苦しむ様を囃し立てる。犠牲者に自身の配偶者や子供を殺すことを強いる。親子、兄弟間の強姦の強要、他の犠牲者の血肉を食らうことを強制。手榴弾で集団爆殺。焼殺。
これが人間の行為かとあまりの凄まじさに身の毛がよだつ。かつて船戸与一が独壇場であった皆殺しの凄惨シーンもこれほどではなかった。小説だろうと高をくくってはいけない。まったく知らなかったことだがルワンダ虐殺のこの叙述は事実として報告されているのだ。
そして現在のコンゴでもこの虐殺は続いているとして、イエーガーたちはこれを目撃するのである。彼等も攻撃され、殺戮をもって対抗する。
文明大国相互の利権の確執がこの構造を助長している………と国際政治小説風なところもあるのだが、とにかくあまりにも強烈なサディスティック描写に「ホモサピエンスの本質は殺し合い」かのごとくに錯覚するほどだ。
一方、青年・古賀研人は命がけで子どものため難病治療薬の開発実験を続ける。このもうひとつのストーリーでは「ホモサピエンスの本質は善」という正反対のメッセージを力強く際立たせる。
孟子にこんな一説がある。
孟子曰く、人皆、人に忍びざるの心あり………。<人は誰でも他人の不幸を見逃しにできない憐れみの心がある> 今、人乍(にわか)に孺子(じゅし)の将(まさ)に井(せい)に入らんとするを見れば、皆怵惕惻隠(じゅってきそくいん)の心あり。<井戸に落ちそうな子どもを見れば無意識に助けたくなるものだ>人間は性悪か性善かという古来の思索的遊戯が再現されているようでまた面白い。
そしてそれどこではない。人間同士のジェノサイドとは次元を異にする「人類滅亡をもたらすもの」、つまり人類に対する「ジェノサイド」という危機がアメリカを震撼させ始める。
「それ」はなに?正体は物語の早い段階で明らかにされるがここでは言わないのが礼儀だろう。
「それ」の恐るべきパワーがフル回転を始める。そして圧倒されていくアメリカ上層部は一枚岩ではなくなった。
しかし、頭に血がのぼった大統領の最終決断は………。
と、こうなったら興奮して、とてもとても寝てなんかはいられません。
徹夜必至の大型娯楽小説だ。
そしてやはり人類絶滅の序曲だなと余韻が残るのである。
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この記事へのコメント
中身は今後ゆっくり拝見させていただきます。ありがとうございました。谷田
お仕事がたいへん忙しそうですが、そんな時こそ面白い本を読むといいですよ。