テーマ:東京ウォーキング

皇居散策マップ PART3 和田倉濠より半蔵門

見所をグーグルマップとデジブックで紹介する皇居散策の最終篇。 皇居の南側、和田倉濠より馬場先濠、日比谷濠、桜田濠の周辺を楽しむ。 現在の地図。 江戸地図 デジブック アルバム グーグルマップ より大きな地図で 皇居周辺散策 を表示 にほんブログ村
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皇居散策マップ PART2 内堀東側のビル群を仰ぎつつ

見所をグーグル地図とデジブックで紹介する第二回 一ツ橋から日比谷付近までを散策すれば、そびえる近代ビル群と濠に映える城郭跡に奇妙な調和を見出すことができます。 江戸城を中心とした都市計画の名残がそのままにあるこの一帯は刻まれた歴史に思いをはせる楽しみがあります。 より大きな地図で 皇居周辺散…
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江戸歴史ウォッチング 亀戸天満宮の藤の花

総武線亀戸駅、雑然としていかにも下町といった小店が軒を連ねる商店街を北に向かうと蔵前からの蔵前通りに面して亀戸天神の参道入り口がある。正保3年(1646)神官大鳥居信裕が太宰府天満宮の神木「飛梅」で彫った菅原道真の像を、亀戸村にあった小祠に祀った。寛文2年、本所地区開発が進む中で将軍家綱から新しく土地を拝領して、大宰府天満宮を模…
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江戸歴史ウォチング 皇居の梅

2月19日、まだ見落としていた江戸城富士見櫓を訪ねて大手門より東御苑を散策しました。暖かく風のない日和。まだ花々は咲かず、ただ梅が見事に咲き誇っていました。 大手門→二の丸尚蔵館→同心番所→富士見櫓。 三の丸庭園→諏訪の茶屋→梅林坂 散策マップの黄色い目印が今回の場所です。 東御苑散策マップ 大…
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江戸歴史ウォッチング 両国橋から日本橋へ散策マップ

まず江戸東京博物館で「両国橋」「日本橋」を大型模型で実感する。 両国橋から薬研掘不動院 伝馬町牢屋敷跡も時の鐘、吉田松陰留魂碑と見所がある。 日銀の貨幣博物館に寄るのもいいだろう。 常磐橋、常盤橋 新常盤橋? 一石橋の由来も興味が持てる。 そして日本橋。 おやこんなところに!三浦按針の屋…
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江戸歴史ウォッチング 両国から永代橋へ散策マップ

元禄15年(1702)12月14日吉良邸に討ち入った赤穂の浪士たちが吉良上野介の首を槍の柄にくくりつけて、回向院へ向かう。しかし、かかわりあいになるのを恐れた回向院は入門時間でないことを理由に門を堅く閉ざしていた。内蔵助は急遽内匠頭の墓所である高輪の泉岳寺へ急ぐことにした。さて本所から泉岳寺に行くには隅田川を両国橋で渡って江戸市中に…
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江戸歴史ウォッチング 富籤とべったら市の日本橋

さて日本橋富沢町の元吉原から大伝馬町にある椙森神社(すぎのもりじんじゃ)へ行こうとしましたがなかなか見つかりません。着物姿のいかにもこの街の人と思われる方を見つけましたので教えていただきました。直ぐそばまでたどり着いていたのですが、こじんまりと遠慮深そうにした神社で目に入らなかったんですね。 「大伝馬町」ですが、慶長11年、江戸城内に…
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江戸歴史ウォッチング 水天宮から元吉原界隈

八丁堀から新大橋通りを北東へ。茅場町は「日本橋」茅場町なんですね。日本橋というとあの橋の付近ばかりを指す地名とばかり思っていました。小網町町、蛎殻町を抜けると水天宮前交差点。この交差点に安産祈願で有名な水天宮はある。神社仏閣は緑の中で自然と一体になって厳粛さを感じるんですが、こんなに交通量の激しい場所にあると参拝もせわしないのではあるま…
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江戸歴史ウォッチング 八丁堀界隈

八丁堀には最近週に1回ほど出かける用事がありますがここもまた江戸の歴史を残すところでありビックリの再発見でした。 「八丁堀」の名前ですがこれはいまは埋め立てられた河川の名称だったんですね。江戸の初期から開削された掘割に八丁堀川とよばれたのがあって、近年は桜川と呼ばれていたが昭和にすべて埋め立てられたのです。長さが八町あったとか、開…
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上野・谷中・根岸 文化史跡めぐり その六 谷中から根岸へ 芋坂 羽二重団子 子規庵 笹の雪

                      谷中霊園そばのケーキ屋さん 「PATISSIER INAMURA SHOZO」パティシエ イナムラ ショーゾー パティシエ とはフランス語でお菓子職人のことらしい。 根本中堂から谷中霊園へ入る手前にある。辺鄙なところだと思ったがケーキを買うために行列ができているのだ。 …
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上野・谷中・根岸 文化史跡めぐり その五 霊廟、藤堂高虎墓所・寛永寺根本中堂

               厳有院(4代将軍家綱の法名)霊廟勅額門 4代将軍家綱は、慶安4年(1651)4月に父・家光の死に伴って、わずか10才で将軍の座につき、延宝8年(1680)5月8日に39才で没した。 法名を厳有院(げんゆういん)という。 病気がちであった家綱時代の政務は、主として重臣の手に任されていたが、と…
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上野、谷中、根岸文化史跡めぐり その四

                   紅葉に映える噴水池 江戸時代、現上野公園の地は東叡山寛永寺境内で、堂塔伽藍が立ち並んでいた。今の噴水池のある一帯を俗に「竹の台」と呼ぶ。そこには回廊がめぐらされ、勅額門を入ると根本中堂が建っていた。根本中堂は中堂ともいい、寛永寺の中心的堂宇で、堂内に本尊の薬師如来が奉安してあっ…
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上野、谷中、根岸の文化史跡めぐり その三 寛永寺

元和8年(1622)2代将軍徳川秀忠は上野忍ヶ岡の地を喜多院(現埼玉県川越市)の住持天海の願いにより寺地として与えた。1625年(寛永2)天海は比叡山が京都の鬼門(北東)にあたるのに対して、寛永寺は江戸の鬼門にあたり東叡山と号して,江戸城鎮護と国家安穏長久を祈願し、一寺を創建した。また慶安年間には創建時の年号を取り寛永寺の勅号を…
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上野、谷中、根岸の文化史跡めぐりその二 東照宮

東照宮といわれると「日光」しか思い浮かばないのだが、実は徳川家康をまつる神社として御三家をはじめ、親藩、幕臣により全国各地に勧請されていることがわかった。 1616年(元和2)家康が駿府で没すると,遺言に基づきいったん駿河久能山に葬り,翌年下野日光山に遷葬,朝廷から東照大権現の神号が授けられた。これが日光東照宮。 久能山東照社に…
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上野、谷中、根岸の文化史跡めぐり その一

上野は中学生の頃からなじみの場所だけれど、こうして史跡をたどると随分と見所のある地区なんだといろいろな発見がありました。 寛永寺境内とは谷中まで含む広大なものだったんですね。上野戦争でほとんどが焼失したんですから、ひどく残念に思います。 ちょうど銀杏が鮮やかな黄色に染まり、秋深し上野の森でした。 2007/12/02  …
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数々の歴史を残す愛宕山

汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり 愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として 愛宕山という山ははおそらく鉄道唱歌で記憶があるのだろう。いや、もしかしたら講談「寛永三馬術」であったかもしれない。 虎ノ門に勤務していたことがあったが、行ったことはなかった。先日、日経のコラム「江戸の風格」に寛永三馬術の曲垣平九郎の手折りの梅が…
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江戸城内堀散策その5 三宅坂 半蔵門

内堀散策も今日はラストコース。桜田門から半蔵門、、乾門に抜ける。 冬になったのか、、天気は良いのだが3時を過ぎれば陽射しは夕暮れ時のように弱まっている。 2007/11/21 三宅坂 坂の名前は、江戸時代、この坂の途中に三河国田原藩・三宅家の上屋敷(現在の国立劇場周辺)があったことに由来する。 色づいた樹木の下…
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江戸城内堀散策 その四 内堀の構造ってこんなんだったんだ!

今回は皇居の正面入り口近辺、内堀通りと日比谷通りを散策しました。 大手濠、桔梗濠とあってここから濠割が二手に分かれる。城郭を囲む、蛤濠、二重橋濠、桜田濠。そしてその外延に和田倉濠、馬場先濠、日比谷濠、凱旋濠が桜田濠につながる。二重の掘割に囲まれているのが現在の皇居外苑。 じっくり歩いてみて、なるほどこういう地形であったのかと、い…
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三田薩摩屋敷周辺を散策する

「江戸散歩交流会」。ネットで知ったグループに始めて参加しました。 今回のコースは田町駅からスタートし 薩摩藩蔵屋敷跡→水野監物屋敷跡→春日大社→薩摩藩上屋敷跡→芝七曲がり→西応寺→芝浜 最後はレインボーブリッジを渡ってお台場までのコースです。 9月に入ってもこの夏の猛暑の名残がまだまだ厳し…
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上野 国立科学博物館とフーコーの振り子

9月24日まで「インカ マヤ アステカ展」が開催されている。スペインの侵略により滅亡したこの文明の悲劇が胸を打つ。 それはそれとして私にはもうひとつの目的があった。フーコーの振子を観察することである。 ウンベルト・エーコ 『フーコーの振り子』1993年この本を買った。直ぐに読んだ。ところが………。 『フーコ…
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江戸城内堀散策その三

皇居東御苑に足を踏み入れるのはおそらく生まれて初めてだった。平川濠の北の端にあたる北拮橋から入る。 天守閣、本丸、二の丸、三の丸の位置関係を実感できた。 今回は特に平川門、大手門をじっくり眺め、当時の城郭建築のうえで「門」の役割を勉強できた。 いつも見慣れた大手町ビル街だが、こうしたあとに目に映る風景はまた違った趣があるものだ。 …
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江戸城内堀散策その二

江戸城北の丸は西は千鳥が淵、東は牛ケ淵と清水濠の三つの堀に囲まれている。5月9日はこの東側を訪ねた。 詳細はアルバム「江戸城内堀散策その二」をご覧ください 江戸城と周辺散策マップ 大きな地図で見る
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向島七福神めぐり

江戸歴史研究と洒落で命名した数人の仲間と向島を散策する。 隅田川東岸、浅草側から隅田川を隔てて島のように見えるために地名が起こったといわれる。江戸中期までは将軍家の御鷹場で、水田も広がっていた。 木母(もくぼ)寺、牛島(牛御前(うしのごぜん))神社、三囲(みめぐり)神社、弘福、長命寺、白鬚神社など社寺が多く、江戸時代…
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江戸城内堀周辺を散策 その一 千鳥が淵

勤務していた会社の目の前にあった皇居だがこれまで関心を持っておとずれることがなかった。最近江戸文化に興味を持ったのを機会にぐるりとめぐってこようと思い立った。全体構図がこんなになっていたのかと航空写真(国土画像情報より)をみてよく実感できた。花見には4~5日遅れたかもしれないがそれでもと桜名所の千鳥が淵を散策した。 2007/…
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深川散策 その一

江戸の面影をたどってウォーキングも面白かろうと今回は深川七福神めぐりの行程で1月19日と26日ふらりとさまよってみました。 富岡八幡・名物深川めし・恵比寿社・冬木弁天堂・心行寺福禄寿。 清澄庭園、深川江戸博物館にも立ち寄りました。 このページは19日の散策模様をデジカメにおさめたものです。 画像は「名所江戸百景深川州…
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十一面観音と上野の森

たくさんの木彫りの仏様を見た最後に圧倒的存在感を持って十一面観音菩薩がやさしくおわしました。渡岸寺の十一面観音様である。その周囲には宇宙の根源からでも吹いてきたかのような緩やかな大気の渦があるのでしょう、腰を少しひねったお姿から流れるようにふんわりと裳裾がそよいでおられました。いや宇宙の根源はこの仏様…
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大江戸見聞ウォーク第二日目を楽しむ。

平成18年10月22日は北町南町奉行所同心コース8キロだった。 前回は連れがいたが今回は独りで参加した。一人で歩くのは話し相手がいなくて、弾みがつかないが、みたいところをじっくり見る場合に気兼ねの必要はなく、これはこれでいいものだ。 長いこと勤務していた会社の本社所在地あたりの史跡を訪ねるコースだったが、こうしてお馴染み…
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大江戸見聞ウォーク参加の模様

2006/10/14 読売新聞社主催の大江戸見聞ウォークに参加。 「江戸文化歴史検定開催記念」とあるように今年からそのような検定制度が始まるらしい。 この検定については受験しようと思っている。今日は8キロの忠臣蔵コースをたどった。 この記録画像をどうぞ。
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