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日記風雑読書きなぐり

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日記風雑読書きなぐり
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1944年生まれ、この3月で71歳の年金収入に頼るオジイサンがほぼ毎週1冊、読んだ新刊書の数々を紹介します。ミステリー、時代小説、歴史小説、ときには純文学も。亀の甲より年の功、センスが古いと言われるのを承知で感性のおもむくままに綴っていきます。
時代、歴史小説の刺激か、最近、江戸文化にも興味が及び江戸文化歴史ウォーキングフォトアルバムもアップし始めました。

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タイトル 日 時
フェルディナント・フォン・シーラッハ 『禁忌 TABU』  もやもやの核心をどうとらえるべきか?
フェルディナント・フォン・シーラッハ 『禁忌 TABU』  もやもやの核心をどうとらえるべきか? 飾り帯の宣伝文句には「ラストに明かされる衝撃の結末」とあり、前作の『犯罪』がとても魅力的な犯罪小説であったため期待をして手に取った。いくつかの出版社が企画した昨年度傑作ミステリーの上位にランクされている。 取りつく島のないもやもやの核心を読者としてはどうとらえたらよいのか?魅力的な文体に迷走させられながら、ゼバスティアン・フォン・エッシュブルグという芸術家のおこした事件は解明されたのか?それとも読者には全貌を知らせるつもりはなかったのか?それすらわからぬままに、………確固たるはずのおのれの人生... ...続きを見る

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2016/04/03 19:09
滝口悠生『死んでいないもの』 なんともはやわかりにくい作品だがわかりにくいから芥川賞作品なのだろう
滝口悠生『死んでいないもの』 なんともはやわかりにくい作品だがわかりにくいから芥川賞作品なのだろう この作品、文体が奇妙なリズムを奏で、とらえどころのないストーリーの流れが、登場人物たちの織りなす意識の交錯を凹凸のない時空に描いて、なんともわかりにくい芥川賞なのだが、わかりにくいから芥川賞なのかもしれない。人は誰でも死ぬのだから自分もいつかは死ぬし、次の葬式はあの人か、それともこの人かと、まさか口にはしないけれども、そう考えることをとめられない。むしろそうやってお互いにお互いの死をゆるやかに思い合っている連帯感が、今日この時の空気をわずかばかり穏やかなものにして、みんなちょっと気持ちが明るくな... ...続きを見る

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2016/03/18 00:20
ジェフリー・ディーヴァー 『スキン・コレクター』  ベストセラーを創り出す人々の驕りか?
ジェフリー・ディーヴァー 『スキン・コレクター』  ベストセラーを創り出す人々の驕りか? ところで「毒の針で刺青を刻むスキン・コレクター。すぐには殺さない。」だそうだが、「タトゥー」についての薀蓄に相当部分紙数を割いている。珍奇なピアス同様、ファッションの一種になりあがっている。一般的にはタトゥーパーラーと呼ばれる店舗でタトゥーアーティストがタトゥーマシン(タトゥーガンというヤクザな言葉は使ってはいけないのだそうだ。)で創りあげるものらしい。いかに芸術のように説明されても人面のサソリではグロテスクなだけだな。刺青はちょっと陰のある彫師によって刻まれる健さんの唐獅子牡丹か純子姐さんの緋... ...続きを見る

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2016/03/10 15:01
五木寛之 『親鸞 完結編 下』 善いも悪いも脇役が断然魅力ある五木流親鸞物語
五木寛之 『親鸞 完結編 下』 善いも悪いも脇役が断然魅力ある五木流親鸞物語 南都北嶺のカネと権威と暴力、そして鎌倉幕府、さらには朝廷と既存の体制の総力を結集し専修念仏を根絶やしにしようとする覚蓮坊の陰謀。この奸計から親鸞を守ろうと死力を尽くす謎の女・竜夫人。若き日の竜夫人と青年親鸞の深い因縁とは?竜夫人を支える葛山申麻呂の血筋は? そしてついに再登場するサディスト。十悪五虐と自らうそぶき「信仰心などないこんな俺でも浄土へ行けるか」と親鸞を恫喝する究極の邪悪・黒面法師の真の実態とは? 竜夫人が嵯峨野に建立した遵念寺。落慶式に集まる念仏者を一網打尽にする「念仏停止の宣... ...続きを見る

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2016/02/26 21:18
五木寛之 『親鸞 完結編 上』 親鸞の悩みはさておき脇役が大活躍する痛快時代小説を楽しみましょう
五木寛之 『親鸞 完結編 上』 親鸞の悩みはさておき脇役が大活躍する痛快時代小説を楽しみましょう これまでの仏教は、国を守るもの、朝廷の安泰を祈るものであり、貴族や高家のためのものだった。そして浄土に行けるものはチカラやカネのある者だけだった。ところが法然、親鸞は貧しい人や世間から卑しめられてきた人びとのためにこそ仏教はある、これまで救われない罪深い身だとされていたものにこそ仏の道があると説く。身分や財力にかかわりなく南無阿弥陀仏と他力本願、専修念仏の道を広めた。この教えはやがて下層の人々だけではなく僧、武家、貴族階級まで浸透していった。 まさに既成秩序を破壊する思想であり、集団化するエネ... ...続きを見る

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2016/02/19 15:20
山田風太郎 『幻燈辻馬車 下』 複雑骨折した元会津士族・干潟干兵衛の心境は?
山田風太郎 『幻燈辻馬車 下』  複雑骨折した元会津士族・干潟干兵衛の心境は?  「危機に陥ったとき、お雛が呼ぶと現れる干兵衛の息子・蔵太郎と妻・お宵の幽霊。2人に助けられながら、干兵衛はいつしか自由党壮士と明治政府の暗闘に巻き込まれていた。お雛と平穏な生活を望みつつも、会津藩士だった頃の自分を自由党壮士の姿に重ねて心揺れ動く干兵衛。そんな中で<赤い盟約書>を巡って事態は急展開する!最後に干兵衛が選び取る運命とは………。 激動する時代の波に翻弄される人々の悲喜を謳い上げた大傑作」 とカバー裏の紹介文にあるが、下巻の主役は自由党過激派の赤井景昭である。 大臣・参議クラス... ...続きを見る

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2016/02/11 17:11
山田風太郎 『幻燈辻馬車 上』  かなりの知識レベルが要求される難解な「明治もの」
山田風太郎 『幻燈辻馬車 上』  かなりの知識レベルが要求される難解な「明治もの」 山田風太郎の「明治もの」第二作は「週刊新潮」に1975年(昭和50年)より連載された 本著『幻燈辻馬車』。 ...続きを見る

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2016/02/10 14:37
山田風太郎 『警視庁草紙 下』 近代化という陣痛に苦悶する両者対決の行方は?
山田風太郎 『警視庁草紙 下』 近代化という陣痛に苦悶する両者対決の行方は? 東京を騒がせる怪事件の影で、知略によって警視庁を出し抜いてきた元江戸南町奉行の一派。業を煮やした大警視・川路はとうとう直接対決に踏み切る。同じ頃各地では、反政府派の反乱により不穏な空気が漂っていた そんな中についに西郷蜂起す、との報が入る。その裏に隠されていた大からくりとは?そして近代化を巡る争いの帰趨とは………。華やかな明治に潜む闇の中を流浪するものたち。その哀切を描く、山田明治群像劇の一大傑作。 近代化を強引に進める大久保利通・川路利良と近代化に抵抗する元江戸南町奉行一派の対立が上巻では... ...続きを見る

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2016/01/31 16:09
山田風太郎 『警視庁草紙 上』 「明治もの」の傑作を発見した喜び
山田風太郎 『警視庁草紙 上』  「明治もの」の傑作を発見した喜び 山田風太郎といえばなんといっても「忍法帳」である。学生のころ「週刊新潮」に『くノ一忍法帳』や『外道忍法帳』が連載されていた。毎回忍者同士が奇想天外、抱腹絶倒のセックス忍法で死闘を繰り広げるのだ。なんて面白いのだろうと、その後忍法作品はほとんど読んでしまった。 だから水戸天狗党の乱をシリアスに描いた『魔群の通過』を読んだ時には、なんと本格的歴史小説の傑作ではないか!とその才の奥深さに舌を巻いたものだ。 ...続きを見る

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2016/01/29 21:34
ピエール・ルメートル 『悲しみのイレーヌ』 話題のベストセラーを暇に任せて読んでみましたが………
ピエール・ルメートル 『悲しみのイレーヌ』 話題のベストセラーを暇に任せて読んでみましたが……… この年末、正月は特別休養をとってのんびりです。久しぶりに読書の時間ができました。 このところ連日、テレビのニュースワイドショーで怪しげに報道されている大阪門真市のバラバラ事件だがなんとも凄惨な死体損壊が行われたようだ。犯人はあらかじめのこぎりや包丁、小型冷凍庫を購入し、被害者をバラバラに切断、恐ろしいことに頭部を短時日で頭蓋にしたのであろうか、水を張った浴槽に頭蓋骨が発見されたという。 「事実は小説よりも奇なり」とよく言われる。ミステリーを地でゆく猟奇的犯行だ。しかし現代は小説のほうがさらに... ...続きを見る

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2016/01/08 21:08
秋深し 出羽三山 三日目 米沢 上杉の町 そして米沢牛
秋深し 出羽三山 三日目 米沢 上杉の町 そして米沢牛 三日目は「鳥海山山荘」をススキの原に見送られながら、もう一度鳥海山スカイラインへと向かったのだが、天気は無情にも濃い雲に包まれていて、途中で断念した。米沢市へ。 米沢城自体の昔の面影はまるでないのだが、ガイドの方の説明では石垣と土塁のに当時のものが残されているとのことだった。 ただこの城の歴史には深いものがある。 ...続きを見る

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2015/12/07 22:57
秋色残影 2015年秋を染めたもの
秋色残影 2015年秋を染めたもの 今年の紅葉はいつの間にかに終わってしまったとの印象がありました。紅葉の名所と言われたところも、昨年に比べると、虫に食われたような穴開きの葉だったり、色づくまえに落ちてしまったり、鮮やかさには見劣りしましたが、秋を彩る主役には変わりがありませんでした。 10月以降に撮った写真をデジブックアルバムにしてみました。 ...続きを見る

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2015/12/04 15:34
新・神田川遡行26 落合水再生センター見学
新・神田川遡行26 落合水再生センター見学 神田川の水源は井の頭池、妙心寺池、善福寺池とされているが、それぞれの湧水量はたかがしれていると思われる。流域から流れ込む水量とどんな割合になっているのかな?落合水再生センターの神田川水質改善への貢献は?放水路はどこにあるのか?そもそも再生センターの役割は?いろいろな疑問があって今日の見学会となったのです。 ...続きを見る

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2015/12/01 23:52
秋深し 出羽三山 二日目  難解なり出羽三山神社 そして酒田へ
秋深し 出羽三山 二日目  難解なり出羽三山神社 そして酒田へ 出羽三山とか出羽三山神社とか羽黒山の三神合祭殿とかややこしい関係だと思っている。出羽三山とは月山、羽黒山、湯殿山の総称だとはわかっている。それぞれの山頂に神社があり(月山神社、出羽神社、湯殿山神社)その総称が出羽三山神社なのだそうだ。三山のうち羽黒山には本来の出羽神社とは別に三つの社の神を併せて祀る三神合祭殿がある。どうもこういう整理なのだ。出羽三山は「でわさんざん」と読むが、出羽神社は「いではじんじゃ」と読むらしい。 ...続きを見る

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2015/11/26 15:53
新・神田川遡行 25 淀橋から長者橋
新・神田川遡行 25 淀橋から長者橋 平成27年8月11日  第六回神田川逍遥会  本日のコース 神田川逍遥会のみなさま 酷熱の日々も峠を越えたかに思われますが、さてどうでしょうか。 先般のお知らせの線で下記の通り実施しますのでご参加ください。 この会の発足時の予定では6日間で全コース完了でしたが大幅に遅れております。 特に急ぐ気もありませんのでよろしくお願いします。 ...続きを見る

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2015/11/23 13:11
秋深し 出羽三山 一日目 畏るべし湯殿山神社
秋深し 出羽三山 一日目 畏るべし湯殿山神社 江戸崎小学校の同期生7人で山形、福島をドライブしてきました。10月23~25日、二泊三日の旅でした。出羽の山々は紅葉が進んで、頂上付近は落葉していましたが、ドライブウェイは見事な秋景色のグッドタイミング。まとめ役の高尾君のおかげで史跡巡りも充実した見ごたえあるところばかり。大いに楽しんできました。 朝7時すぎ南浦和駅前で中村君、小林君が交代して運転する車に乗り、東北道を北上する。早速、旅館の主・飯野君が用意してくれた朝食弁当にありつく。結城君、一之瀬君をあわせ7月の江戸崎祇園祭以来の仲間たちで... ...続きを見る

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2015/11/16 22:57
新・神田川遡行 24 末広橋より淀橋
新・神田川遡行 24 末広橋より淀橋 柏橋から末広橋へ向かう。 また嫌な臭いが漂ってきた。末広橋の手前左岸に旧桃園川の合流口が見える。臭いの元だな。江戸川橋でもそうであったが、暗渠化して汚水が流れる旧河川の出口はたいがい汚臭がでている。神田川がきれいになったと言ってもまだまだやり残しいるところは多い。 桃園川は杉並区と中野区を流れる河川で全区間暗渠化されている。中野区内では「中野川」とも呼ばれている。現在の暗渠は桃園川幹線という下水道になっている。神田川への開口部は桃園川幹線からの分水で本来の川の水ではない。 ...続きを見る

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2015/11/02 18:41
小名木川探訪 江戸の水運・小名木川を歩く 1
小名木川探訪 江戸の水運・小名木川を歩く 1 大江戸歴史散歩の会の新しいテーマは「江戸の水運・小名木川を歩く」だ。メンバーの一人、このあたりの水路の専門家である新居正夫さんのガイドでじっくりと探訪する。 10月14日 都営新宿線東大島口に集合して、小名木川が旧中川に接する中川番所跡あたりからスタートする。 ところで小名木川とはいったいどんな川であるか? 東京都江東区北部を流れる川で旧中川から隅田川を結ぶ運河。途中横十間川、大横川と交差する。 ...続きを見る

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2015/10/31 18:46
新・神田川遡行23 新堀橋より柏橋
新・神田川遡行23 新堀橋より柏橋 46番新堀橋から47番せせらぎ橋は近い。オヤ!蝉の鳴き声に混じって瀬の走る音が聞こえてきた。川床を見ると細かい段差が並べられ流れが音を奏でる仕組みになっている。粋な演出です。神田川を遡ってきましたが「せせらぎ」を聞けるところはあまりなかった。 せせらぎ橋 左岸に「せせらぎの里」公園(Click!」がある。子供達のための池や水遊び場があって、近隣の人達の憩いの場にふさわしい清潔感ある都会風な「親水公園」です。私たちも一休み。 この下には「落合水再生センター」の水処理施設がある。人工の地盤上に... ...続きを見る

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2015/10/18 00:20
揺らめく調和 昭和記念公園十月の秋桜
揺らめく調和 昭和記念公園十月の秋桜 薄紅色の秋桜が 秋の日の なにげない日溜りに 揺れている ...続きを見る

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2015/10/03 17:16
新・神田川遡行22 高田馬場から新堀橋
新・神田川遡行22 高田馬場から新堀橋 第5回神田川逍遥会は7月19日13時に高田馬場駅前に集合し、41番清水橋から59番淀橋までゆるりと神田川遡上を楽しんできました。予定では6日間で全コース踏破のはずが、まだ中間地点にまで到達していないという余裕しゃくしゃくの散策です。きょうはようやく一つの区切りである高田馬場を越えるんです。 ...続きを見る

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2015/09/30 11:18
緋は乱調にあり 権現堂川堤の彼岸花群生
緋は乱調にあり 権現堂川堤の彼岸花群生 利根川氾濫の歴史は古いが幸手地方に関する史跡に権現堂川がある。利根川と中川の中間に位置する、利根川水系の一級河川(昭和46年指定)だが、  その実態は権現堂調節池である。権現堂川は暴れ河川として恐れられ、宝永元年(1704年)に、はじめて権現堂堤が切れてより、幾度も決壊をしてきました。 今では権現堂といえば春の“桜と菜の花”で有名ですが、最近では、梅雨の季節には紫陽花、初秋には曼珠沙華(彼岸花)なども植えられています。 9月20日ふらりと訪ねてきました。 彼岸花は日高の巾着田になんどか... ...続きを見る

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2015/09/22 01:01
秋海棠 都幾川椚平(くぬぎだいら)
秋海棠 都幾川椚平(くぬぎだいら) 関越自動車道東松山インターチェンジより西へ向かう。思いのほか勾配のきつい崖地、椚平の一画に秋海棠(シュウカイドウ)が群生している。9月11日は見頃だった。 高台のてっぺんで車道が突き当たったところに「くぬぎむら体験交流館」があってここで村の方が手打ちのヒモカワウドンを食べさせてくれる。ちょうどお昼時だったので、花めぐり前の腹ごしらえ。丁寧に煮込むため20分ぐらい待つがとてもうまい。 ...続きを見る

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2015/09/18 11:26
新・神田川遡行 21 高戸橋より神高橋
新・神田川遡行 21 高戸橋より神高橋 支流の探索が長くなってしまいましたが、このあたりで本流に戻りましょう。 ...続きを見る

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2015/08/27 18:05
山中湖・花の都公園 色鮮やかな花の競演
山中湖・花の都公園 色鮮やかな花の競演 8月18日 キャノンカメラ教室・並木隆先生の指導をいただき花をテーマにした撮影会に参加しました。 見えるはずの富士山は雲隠れ、咲いているはずだっソバの花は苗木すらありませんでしたが、百日草、ひまわり、コスモスの鮮やかな色彩を楽しんできました。 ...続きを見る

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2015/08/25 16:08
御岳山 レンゲショウマ 今盛りの森の妖精をみる。
御岳山 レンゲショウマ 今盛りの森の妖精をみる。 「レンゲショウマが最盛期になりました」という報道があって前から訪ねたいと思っていた御岳山の群生地に早朝車で出向きました。 朝7時の始発ケーブルカーに乗ることができました。土曜日とは言え、この時間ですと混雑はなくゆっくりと山道での撮影を楽しめました。 高さは80センチ程度となり、丸い蕾をつける。赤みを帯びた光沢のある薄紫の上品で気品あふれる花が、様々な方向を向いて咲いています。釣り鐘状に見えるのがはなびらで水平に開いているのが萼です。 時期的には一週間ほど遅かったようです。 萼が黄色み... ...続きを見る

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2015/08/24 00:29
新・神田川遡行 20 「真説 高田馬場」 水稲荷神社にあるもう一つの史跡
新・神田川遡行 20 「真説 高田馬場」 水稲荷神社にあるもう一つの史跡 水稲荷神社の境内入口、石段を上った左側に巨大な石碑が威圧するようにそびえている。 水稲荷神社のホームページによると 堀部安兵衛助太刀の場所の碑です。 元禄七年(1694)二月十一日のこと、安兵衛は市ヶ谷から喜久井町を通り、馬場下の小倉屋で、枡酒をあおると高田馬場に駆けつけ、叔父の菅野六郎左衛門の果し合いに助太刀し相手方三人を切り倒した。 この果し合いの場所は、現在の新宿区西早稲田3丁目12−4(西北診療所)のあたりといわれています。 この決闘で助太刀をした安兵衛の活躍が... ...続きを見る

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2015/08/22 19:50
新・神田川遡行 19 番外編 高田富士祭で富士山登頂
新・神田川遡行 19 番外編 高田富士祭で富士山登頂 今年は7月19日と20日が高田富士祭で神田川逍遥会のメンバーTさんと二人で出向いてみました。 まず関連する古地図(click!)と現在の在所(click!)確認します。 ...続きを見る

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2015/08/21 12:43
新・神田川遡行 18 水稲荷神社とその周辺
新・神田川遡行 18 水稲荷神社とその周辺 まず、古今の周辺の地図を見ておきましょう。古地図の中心部には小さく「三島社」とあるがこの場所に現在の水稲荷神社がある。水稲荷神社は、『江戸名所図会』に描かれた当時、「高田稲荷」とよばれていました。右下の小高い丘の上にあるのが、水稲荷神社(高田稲荷)で、ここは現在の早稲田大学9号館裏のあたりです。その右にある山は、高田富士で、水稲荷神社(高田稲荷)とともに、昭和38年(1963)に西早稲田3丁目の現在地に移転しました。 ...続きを見る

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2015/08/19 18:22
新・神田川遡行 17 豊橋から高戸橋
新・神田川遡行 17 豊橋から高戸橋 豊橋 神田川30番目の橋です。河口から7キロの地点です。全長24.6キロですからまだ三分の一にもなりません。 なお」神田川は新宿区と文京区の区境を流れていましたが、このあたりから新宿区と豊島区の境を流れます。 ...続きを見る

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2015/08/06 13:28
夏、高原に花咲き乱れる
夏、高原に花咲き乱れる 白樺 青空 さわやかな風 八ヶ岳の裾野 標高1250mに拡がる富士見高原花の里 ヒャクニチソウ、ユリ アジサイ 白樺、青空を撮影しに行ってきました。 ...続きを見る

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2015/08/03 16:51
新・神田川遡行 16  駒塚橋界隈 (水神社・芭蕉庵・永青文庫・新江戸川公園)
新・神田川遡行 16  駒塚橋界隈 (水神社・芭蕉庵・永青文庫・新江戸川公園) 胸突き坂 駒塚橋より目白台に向かって急坂が伸びている。「胸突き坂」というから苦しくなりそうだ。胸突き坂の左手には水神社、右手に関口芭蕉庵、坂を上り切ったあたりに永青文庫と文化史跡が連なり、さらに奥には講談社野間文庫、村上春樹が一時入っていたことで知られる男子学生寮の和敬塾を見ることができる。 ...続きを見る

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2015/07/30 16:46
江戸崎祇園祭 懐かしい故郷の祭りを堪能する
江戸崎祇園祭 懐かしい故郷の祭りを堪能する 江戸崎祇園祭 京都祇園祭を象徴するものが山鉾なら江戸崎祇園祭はその上に乗って盛大にお囃子を競演する山車である。 今日は三日間の祭事の千秋楽で、8つの部落(あの頃はそう呼んでいた)が備える山車が巡行を終え、中心の交差点(四つ角と称していたが)に集まり、最後のお囃子を叩き合う。これが「叩き別れ」と言って壮麗なフィナーレを飾るのである。 ...続きを見る

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2015/07/29 00:30
北海道フォトツアー、富良野・美瑛・旭岳の花々を撮影してきました。
北海道フォトツアー、富良野・美瑛・旭岳の花々を撮影してきました。 7月15日からの三日間でしたが、東京の豪雨を尻目に、快適な北の夏を堪能してきました。 ...続きを見る

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2015/07/24 14:32
新・神田川遡行 15 江戸川橋より駒塚橋
新・神田川遡行 15 江戸川橋より駒塚橋 6月27日。このところ雨の降り続く日が続いたが、今日は梅雨の合間というタイミングか、午後には降りやんでいた。第四回神田川逍遥会は江戸川公園入口に全員が集合した。 ...続きを見る

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2015/07/07 15:30
新・神田川遡行 14 中之橋から江戸川橋
新・神田川遡行 14 中之橋から江戸川橋 中之橋界隈 新白鳥橋に続く19番目の橋がこの仲之橋だ 現代地図にも名前が表示されていない地味な橋だが、隆慶橋と石切橋の間で古地図には「中橋」とある江戸時代からの歴史をのこす橋だ。 ...続きを見る

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2015/06/22 21:26
新・神田川遡行 13 船河原橋から新白鳥橋
新・神田川遡行 13 船河原橋から新白鳥橋 船河原橋は神田川14番目の橋だ。5月24日、第三回の神田川逍遥会は暑い日だった。 飯田橋交差点陸橋から眺める船河原橋はいつになっても複雑だなぁ。人が歩けないという珍妙な歩道が見える。 今日はここから江戸川橋までを散策するが、川の流れは淀んで濁り、悪臭もある。首都高が流れに覆いかぶさっているので暗い。道路にはところどころでごみの山が積まれ、ラーメンの屋台が置き去りにされ、路上生活者の昼寝姿も見られた。コースを通して最も環境の悪いゾーンに当たる。 だが、戦前は、大曲付近の桜並木、屋形船での... ...続きを見る

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2015/06/20 11:26
江戸城北の丸を歩く 4 代官町通りから千鳥ヶ淵沿いを
江戸城北の丸を歩く 4  代官町通りから千鳥ヶ淵沿いを 維新後、明治政府によって近衛師団の兵営地が設置された。このような地図で北の丸を鳥瞰すれば、中心に近衛歩兵の兵営があり、そこを取り巻くように営倉、病室、炊事場、体操場、火薬庫、練兵場が設けられ、東端には砲兵の兵営がせり出しています。完全に近衛連隊の特別な軍事施設だったんですね。 皇居と皇族の護衛、帝都の防衛が主な任務で、毎日2百名の近衛兵が乾門から皇居へ入り、24時間交代で二重橋などの歩哨についた。帽子の徽章も陸軍が星だけなのに対し、近衛は星に抱き桜という特別なものだった。 ...続きを見る

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2015/06/11 12:28
ピエール・ルメートル 『その女アレックス』 昨年の話題を独占した海外ミステリーだが
ピエール・ルメートル 『その女アレックス』 昨年の話題を独占した海外ミステリーだが 誘拐されたアレックスは手足を縛られ、前こごみの姿勢のまま身動きの取れない狭い木箱に閉じ込められる。誘拐犯はお前が死ぬのは見たいと言って彼女がネズミに食われて死ぬのを待っている。10日以上もそんな状態が続けば、普通の人間なら気が狂って死んでしまうところだが、アレックスは死を目前に脱走を試みる………。 ...続きを見る

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2015/05/26 13:40
新・神田川遡行 12 飯田橋界隈
新・神田川遡行 12 飯田橋界隈 飯田橋を徹底解剖してみようまずはわかりにくい飯田橋交差点です。 神田川逍遥会の第三日に当たります。 ...続きを見る

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2015/05/18 19:42
新・神田川遡行 11  水道橋・後楽橋・小石川橋
新・神田川遡行 11  水道橋・後楽橋・小石川橋 水道橋 神田川で11番目の橋だ。かつて「吉祥寺橋」と呼ばれている時代があったと言います。現在文京区本駒込にある吉祥寺が、天正19年(1591)から明暦の大火(1657年)で燃えるまでの間、水道橋北詰にあったことによるらしい。中央線に「吉祥寺駅」がありますが、あの一帯に吉祥寺というお寺は今も昔もありません。明暦の大火のあと、元吉祥寺周辺の住民たちが移住しそこを吉祥寺村と名付けたのです。 ...続きを見る

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2015/05/13 20:16
新・神田川遡行 10 水道橋懸樋
新・神田川遡行 10 水道橋懸樋 お茶の水橋から水道橋方面に外堀通りを歩く。緩やかな下り坂をお茶の水坂と呼んでいる。道路の右手に案内板があった。 お茶の水坂 ...続きを見る

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2015/05/12 19:41
新・神田川遡行 9 御茶ノ水駅界隈
新・神田川遡行 9 御茶ノ水駅界隈 昌平橋から聖橋へ向かうには神田川(仙台濠)の北側の相生坂を上れば途中右手に昌平坂を見ることができます。また南の淡路坂を通れば聖橋手前の太田姫神社元宮を見逃すことはありません。 さて今日4月13日は神田川逍遥会の遡行二日目でM1さんとNさんはあいにく都合がありましたが、ただNさんは反省会には駆けつけるそうです。予定通り御茶ノ水駅聖橋口に集合しましたがあいにくの雨です。しかもただの雨ではなく本降りなのです。が、誰も中止しようと言わないのがむしろじゅうぶんに生きてきた高齢者の強みなのかもしれません。... ...続きを見る

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2015/05/12 11:55
新・神田川遡行 番外編 ・花見三昧 「散策 小石川後楽園・江戸川公園界隈」
新・神田川遡行 番外編 ・花見三昧 「散策 小石川後楽園・江戸川公園界隈」 神田川逍遥会メンバー全員そろってお花見としゃれてみた。縁の深い小石川後楽園と江戸川公園。ズバリ快晴の一日であった。 ...続きを見る

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2015/05/05 23:26
新・神田川遡行 8 東京都水道歴史館、神田明神
新・神田川遡行 8 東京都水道歴史館、神田明神 江戸を知るには神田川を知らなきゃならぬ。神田川を知るにはまずは東京水道歴史館である。 ...続きを見る

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2015/05/03 18:07
新・神田川遡行 7 万世橋、筋違橋、昌平橋
新・神田川遡行 7 万世橋、筋違橋、昌平橋 万世橋はかつて現在の地にはなく、約150m上流に筋違橋門(すじかい)に付属する筋違橋がありました。この筋違橋と昌平橋、万世橋は架橋の経緯がたいへんややこしくなっています。 ...続きを見る

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2015/05/02 10:30
船戸与一 『満州国演義9 残夢の骸』 氏の訃報と同時に読了した畢生の大傑作
船戸与一 『満州国演義9 残夢の骸』 氏の訃報と同時に読了した畢生の大傑作 満州国の誕生から崩壊まで。五族協和の夢が骸としてさらされるまで。侵略を美化する八紘一宇の驕りと欺瞞が完膚なきまでに叩きのめされるまで。「満州国演義」はここに完結した。3月には日本ミステリー大賞を受賞している。 ...続きを見る

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2015/04/23 12:51
松永富士見 『魂の一行詩 バレンタインデー』  10年の集大成に見る高校同期生の素顔
松永富士見 『魂の一行詩 バレンタインデー』      10年の集大成に見る高校同期生の素顔 松永富士見さま ...続きを見る

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2015/04/20 23:57
新・神田川遡行 5 和泉橋界隈
新・神田川遡行 5 和泉橋界隈 古地図を見れば。 浅草御門から筋違御門(すじかい)までは、北岸には船荷の集積地である「河岸」が連なり、いまでも神田佐久間河岸と呼ばれる。南側は土手が築かれていた。土手上には柳の木がずらりと植えられて、柳原土手とか柳原堤と言われていた。 北も南も町家が広がりを見せているが中で「伊勢津藩主・藤堂和泉守高猷(たかゆき)」の大名屋敷が目立っている。 また柳原土手には「柳森稲荷」が見える。 ...続きを見る

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2015/04/07 17:01
江戸城北の丸を歩く 3 北の丸公園を清水門・竹橋へと
江戸城北の丸を歩く 3 北の丸公園を清水門・竹橋へと 武道館まえの大駐車場の奥に戦後20年間、学生寮があったという。その当時、学生の自治寮といえば学生運動の根城だったろうに、そんな左翼のアジトが皇居という対局の懐にあったとは全く知りませんでした。これこそ獅子身中の虫だったはずだが、当時東京の学生であったわたしには各大学にあった学生寮はともかく、ここになんかのセクトが住み着いて騒動があったという記憶はない。 ...続きを見る

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2015/04/05 23:45

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